小学生の時、自分で考えた遊びがあった。
誰が一番早く坂道の上にたどり着けるか、
ただそれだけの遊びだ。
今遊んでみても何も楽しくない。そんな遊び。
しかし、スマホもゲー厶も持っていない、遊びに飢えていた僕らにとっては最高の娯楽だった。
学校が終わり、下校時間になると仲の良かった友達を集め、あのゲームを開催する。
いつもの公園のベンチへランドセルを置き、
誰が勝ったかの審判を誰がやるのかを決める。
結局いつも、じゃんけんで負けた子が審判とスタートの合図をする事になっていた。
準備は整い、皆が合図を待つ。
少しの間空気が張り詰める。
全員が少しニヤつきながら隣を見合う。
さっきまで友達だった彼らも今では立派なライバルなのだ。
そんな中、あの子の声がする
よ〜い…どんっ!
合図と共に2人が走り出す。
少し遅れて1人が後を追いかけてくる。
勝ったとしても賞品も何も貰えないが、みんな本気だった。
少しずつゴールが近づいてくる。
前には誰もいない。
僕は大声で叫びながらゴールした。
もちろん結果は一着。
最高の気分だった。
まるでフルマラソンでも走りきったような、そんな気分だった。
負けた子達は悔しそうに、でも楽しそうに笑っていた。
大人になっても、ずっと皆でこのゲームを楽しめていると考えていた。
そんな、残酷な確信があった。
それから23年後の今日、同窓会でこのゲームの話題が出た。
皆であのゲームの何が楽しかったのやら。とか、
あの時は自分が大人になるなんて考えたこともなかったな、とかそんな昔話に花を咲かせた。
あの頃はつまらないことでも楽しかった。
だか、今あのゲームを遊んだとしても、以前と同じように楽しむ事は不可能だろう。
そう考えると大人になりたかったあの頃に戻りたくなった。
厄災はいつだって外から訪れる。
そしてそれは自分のせいで訪れている。
それを外から見てみると、ほとんどが取るに足らない出来事だ。
例えば大学受験、本当はする必要がない。
そうさせるのは良い会社に入るとか沢山の事を学ぶとか他人の目を気にするとかそんなのだ。
それは外にある社会の仕組みのせいだ。
そして、それをしたいと思う。
それは、しないといけないと焦る自分のせいだ。
だって、本当はしなくてもいい。
普通に、は無理かもしれない。
でも、生きてゆける。
良い会社への就職だって、資格の勉強だって、大抵の事は本当はしなくてもいい。しなくても生きて行ける。
なのに、自分の中にいる他人に怯えて行動する。
なんて無駄なんだ。
僕は後悔している。
大学に行く為に必死になって勉強した事も、
毎日、毎日、出世の為に媚びへつらった事も、
高校以降、友達と遊びに行かなくなった事も、
あの日、会社を休まなかった事も。
あの日僕は仕事中に過労で倒れた。
目覚めたらベッドの上で、指一本も動かない。
とたんに後悔が押し寄せてくる。
どうせ無駄になるのなら努力なんてしなければよかった。
今までの全部が無駄になる。なくなってしまう。と。
いつだってそうだ。
いつも僕が理不尽な目に遭う。
そう、厄災はいつだって外から訪れる。
そしてそれは自分のせいで訪れる。
ある日突然、予想もしない日に。
しかし、後悔する事だけは許される。
もう、この病室から出ることも、ベッドから起き上がる事さえ叶わないのに。
僕は102号室にいる花田さんが気になっている。
一ヶ月前にこの病院に来た女の子。
まだ下の名前もまだ知らない女の子。
肌が綺麗で髪はサラサラ、おまけにいい匂いがする。
僕はそんな花田さんに恋をしている。
今日は思いきって花田さんに話しかけてみた。
想像通りの綺麗な声の女性だった。
下の名前は紗幸と書いて「さゆき」と読むらしい。
彼女に合ったかわいい名前だ。
これからは紗幸さんと呼ぼうかな。
最近、紗幸さんの元気がない気がする
何かあったのかな?
心配だ。
紗幸さんの家族はあまりお見舞いに来ない。
まだ20歳の大学生なのに、あんまりだ。
寂しくないように家族の分も僕が話をしよう。
紗幸さんが病院に来てから二ヶ月、
最近は紗幸さんの方から僕に話しかけてくれる回数が増えた気がする。
この前も僕の病室へ遊びにきてくれた。
紗幸さんの好物は揚げパンだ。
僕が買って行くととても嬉しそうにほほえんでくれる。
でも、丸々一個は紗幸さんには多いのか、いつも僕に半分くれる。
紗幸さんはよく本を読んでる。
僕と話す時以外はほとんどの時間を本を読んで過ごしている。
僕と居る時もよく本の話をする。
今度おすすめの本でも借りてみよう。
紗幸さんをデートに誘ってみた。
紗幸さんは
そうね、明日、もし晴れたらデートにいきましょ。
と、答えてくれた。
明日が待ちきれない
今日は晴れだ。
急いで102号室に向かう。
少し早いかとも思ったが、待てそうも無い。
少し息を整え102号室の扉をノックして中に入る。
しかし、そこに紗幸さんはいない。
看護師さんに紗幸さんの居所を聞いた。
紗幸さんはもういないらしい。
昨日の夜に旅立ったらしい。
僕は信じられなかった。
信じたくなかった。
今日はたまたま家族がお見舞いに来て、出かけてしまっただけ。
そう、それだけであってくれ。
明日、もし晴れたら、きっと紗幸さんはいつもみたいに僕にほほえんでくれる。
そうだ、きっとそうだ。
とにかく、今日はもう寝よう。
今日も晴れだ。
晴れだと言うのに紗幸さんはまだこない。
借りた本は読み終わってしまったし、
揚げパンも全部僕が食べしまった。
だというのに、紗幸さん、花田紗幸には会えない。
私の旦那は目が綺麗だ。
だからいつも彼を見つめてしまう。
つまらなそうにテレビを見つめる目、
私と話す時の楽しそうな目、
ああ、なんて綺麗なんだろうか。
けれども彼は私を見ない。
初めてあった日も、たった今私と話している時も。
決して彼の目に私は映らない。
だから綺麗だ。
私の顔は決していい方ではない。
どう頑張っても中の下が関の山だろう。
そんな私を彼は見ない。
なんて素敵な目なの。
私なんかじゃ釣り合わない彼と結婚できたのも、
すべて彼の目が見えないおかげだ。
彼は私の内面を観てくれる。
こんな私の事を好きになってくれるのだ。
彼の目が見えない事に感謝さえしている。
カフェ話す時も、キスする時も、
私の顔の事なんて気にもしていない。
だから私の旦那の目は綺麗だ。
穢れを映さぬ、澄んだ瞳だからだ。
やってやる、やってやるぞ…!
明は出発の準備をしながらそう呟いた。
日焼け止めやサングラス、クーラーボックスの中身の確認を済ませ、車に積みこむ。
目的地はもちろん海。
車にエンジンをかけ、ラジオをつける。
聞くのはいつものFMラジオのニュースだ。
ラジオから流れる音声にめぼしい情報はない。
株価がどうとか、芸能人が結婚とか、そんなのばっばっかりだ。今日は安全そうだな。
そんな事を考えている間にニュースが終わり、天気予報が始まる。
天気なんてどえでもいい。
今日は遊びに行くのではないのだから。
今から僕は死体を捨てに行くのだから。
事の発端は昨日の夜。
ナンパした女を家に連れ帰り、自宅のベッドで行為におよんだ後の事だった。
明がトイレに行ってる隙に女が明の鞄から財布を抜き取ろうとしていた。
そして、その現場を帰ってきた明が見てしまった。
ここからはよくある話だ。
女との口論がヒートアップして喧嘩に発展。
明は女に掴みかかり、揉み合いになる。
そんな時に近場に置いてあった扇風機が目に入った。
そして、そして、、、ああ。
その女をつい、そう、ついなのだ。
つい、かっとなって殺してしまった。
その時は焦って死体を家に隠してしまったが、冷静になれば悪手だった。
変に思った家族が警察に通報すれば、女のスマホから位置を割り出されていただろうし、昨日の海に僕と女が一緒に帰る姿を見た者が居たかもしれない。
僕が捕まるのも時間の問題だ。
だからこそ今日決行してやる。
たとえ嵐が来ようとも