静寂の中心で
真の静寂とはなんだろうか?
ただ辺りが静かなだけ、いや。
ただ動かずじっとしているだけ、いや。
きっとそんな単純なものではないのだろう。
本当の静寂は心に波風が立たない"凪"の状態だ。
ただひたすら、穏やかな状態。
けれど、そんな状態になるのは普通に生きているだけではなれないだろう。
現に、坐禅を組んでもそこまでの静寂は訪れなかった。
何年も機会をうかがったが、ダメだった。
そして、ついにこの日が来た。
今まで色んなことを試したが、心が凪になることは無かった。
これは最後の方法、生命活動を終わらせる事。
消えゆく意識の中、波立っていた心がスーッと引いていき、凪は訪れた。
今まさに、僕は静寂の中心にいるのだ。
燃える葉
自分に前世の記憶が少しだけ残っていることに気づいたのは最近だった。
そんな折、僕は無性に京都に心惹かれ時間を作り、秋の古都を訪れることにした。
初めて赴いたはずなのに、昔からこの地をよく知っているように感じた。
街中を適当に歩く中、ある石碑の前で勝手に脚が止まった。
その石碑には『本能寺跡』と彫られており、それを見た瞬間、記憶が雪崩のように押し寄せる。
そうか、僕の前世は彼だったのか。
その日の日暮れ、最後に訪れたある旧家。日本らしい侘び寂びを感じる趣ある旧家屋。
外の景色を眺めた時、僕は、いや、彼か?
密集する紅葉がまるで建物を覆い尽くす炎のように赤黒く揺れ、身震いしながらその場に崩れ落ちた。
まさしく燃える葉。
儂を焼き殺した、燃える葉よ!
moonlight
夜は少し冷える。海沿いは寒いくらいだ。
それでも君が「海を見に行こう!」と無邪気に言うから、僕は君に手を引かれて夜の海辺を歩く。
風が吹いて、月を覆っていた雲が流れていく。
君は僕の手をパッと離して、波音をBGMに軽やかに踊り出す。
現れた月の光は君を照らすスポットライトになった。
僕はその光景にただただ心を奪われていたんだ。
今日だけ許して
血の繋がってない我が子。
私へのよそよそしい態度は仕方がないことだと割り切っていた。
あなたの本当の母親からあなたを奪ったのは確かに私だから。
彼女が何をしたかどんな罪を犯したのかまだ伝えられないけれど、私は彼女からあなたを奪って良かったと思っている。
毎年、あなたの誕生日には盛大にお祝いする。
あなたが「大変だから辞めてください。」と気を遣って言うけれど、毎年私はあなたを強く抱き締めて言う。
「生まれてきてくれてありがとう。今日だけは私があなたの母親でいることを許して。」
すると、ぎこちなくギュッと抱き締め返される。
誰か
(※10/2 「遠い足音」の続きのお話)
意識を失って何時間が経ったのだろう。
深い深い眠りから急に現実に戻って来るようにパッと目を開けた。
私はまだ同じ場所に倒れていた、不思議と痛みは感じない。
普通に起き上がれたのでその足で教室に戻ると、誰もいなかった。
学校中を歩き回って「誰か、誰か、誰か──」と叫んだが誰も反応しない。
一周して教室へ戻ると、私の席に中年くらいの女性が2人居た。
2人とも静かに涙を流しながら口々に何かに謝っているようだった。
「ごめんなさいごめんなさい。あなたから、人生を奪ってしまって…。」
「一瞬の浅はかな嫉妬心で、なんて恐ろしい事を。ほんとうにごめんなさい。」
その言葉を聞いて、私は思い出した。
彼女たちだ、私を突き落として殺して、ほくそ笑んだ。
彼女たちの顔や手には深いシワが刻まれていた。
私がこの世を去ってそんなに長い時間が流れたんだ。
死ぬ時、私は不思議と穏やかだった。今涙を流しながら謝る彼女たちの姿を見て、彼女たちがまだのうのうと生きている事に不思議と恨みが湧いてくる。
『殺してやりたい、誰か、誰か、こいつらを殺して。誰か──』