「願い事」
「今日は七夕だね。何をお願いしたの?」
まだ5歳の息子は、覚えたばかりのひらがなで一生懸命短冊に願い事を書いていた。
「んー。内緒!」
願い事を書き終えるとサッと短冊を後ろに隠して口に手を当てて可愛くポーズを摂る。
その姿に私も思わず笑みがこぼれた。
「え〜内緒かぁ〜、気になるなぁ?」
「教えてほしぃ?」
「うん。どんなお願いしたのかなぁ?」
「んー、しょがないなぁ。はい!」
後ろに隠していた短冊を私に見せてくれた。
そこには、
『おりひめさんとひこぼしさんがスマホをかってもらえるように』と書いてあった。
「ねぇねぇ、なんでスマホ?」
「んー?だって、だってスマホがあればいつでもお話できるでしょ?」
「……た、確かに。」
我が息子ながら、さすが令和のZ世代だなぁと感じた。
「空恋」
「好きだ」と言われて嬉しかったのは本当。
貴方の速い鼓動を聞いて胸がいっぱいになったのは本当。
私の手を強く握ってくれた時に感じた温もりは本当。
キスされて、驚いたけどドキドキしたのは本当。
抱き締められて安心したのは本当。
体に触れ合った時の温もりと幸福感は本当。
嘘だったのは私の貴方への気持ちだけだった。
私の気持ちはずっと空っぽだった。
私は貴方のことを最初から「好き」ではなかったみたい。
「波音に耳を澄ませて」
海沿いの古民家に民宿を営んでいた俺のじいちゃんが、先月他界した。
最後まで元気に民宿をやっていた、そんなじいちゃんが遺言として、この民宿を俺に続けて欲しいと遺した。
じいちゃんが亡くなってしばらくお休みになっている民宿に着いた。周辺の庭や民家の中は綺麗に保たれていたが、民宿を再開させるためにあと1ヶ月くらい休むことにした。
山沿いの方に住んでいた俺にとって海沿いにあるこの古民家は環境が違くて新鮮だった。
朝から晩まで波音が聴こえる。
朝は太陽の光と穏やかな波音で目が覚めて夜は草木のざわめきと子守唄のような波音で眠る。
ずっとこうしてゆっくりしていたいと思いつつ、民宿の再開へ向けて毎日準備を進める。
「じいちゃん、俺にこの民宿を託してくれてありがとう、沢山の出会いを楽しみにこれから頑張るよ。見守っててな。」
海に向けて呟き、瞳を閉じて波音に耳を澄ませた。
「青い風」
今、青い風が吹いた。
僕は昔から共感覚というものを持って生まれたようで、それは僕の場合、風だけに色がついて視えた。
春には暖かな黄色や桜色の風、夏には熱風のオレンジや赤色、秋には落ち着いた薄い緑色、冬は雪の色と同じ白や灰色の風が吹く。
青い色の風は初めて見た。
青は何を表しているんだろうか。考えていると肩をポンと叩かれた。
「ねぇ、さっきからぼーっとして、どうしたの?」
目の前には、さっきまで遠くの方で友達と談笑していたはずのクラスのマドンナが。
目が合った瞬間どこからともなく、また青い風が吹き抜ける。
「…そうか、そういう事か。」
「?」
僕は自然と彼女のことを目で追ってしまう。
そして、彼女を見る度、青い風が僕の目に映る。
青い風の答えがわかった。
「遠くへ行きたい」
都会で暮らしていると、人は多いのに何故かものすごく孤独を感じる。
自分が生まれ育ったのは店とかはそこそこある片田舎だった。
田舎は田舎で人と人の距離が近すぎてプライバシーがない煩わしさはあるが、こっちみたいに寂しさを感じたことは全くなかった。
夜になっても明るくて煩い街をアパートのベランダから眺める。
「あぁ、どっか遠くへ行きたい。」
ふと、田舎にいた頃の人の繋がりが恋しくて仕方なくなる。
あっちなら、僕が居なくなったら心配してくれたり気にしてくれる人がいるけど、この街から僕が消えてもなんにも変わらないんだろうな。
かまってちゃんな自分にうんざりして、またベランダの外に目をやって、最近覚えたばかりの煙草に火をつける。