「渡り鳥」
僕はそこそこ田舎の町に住んでいた。
小学校までの通学路を歩いている時、空を見上げると群れで飛ぶ鳥を見つけた。
綺麗に隊列を組み、空に黒い塊が8の字を描くように飛んでいた。
なぜだか僕は見入ってしまった。
季節が夏から冬へと移ってゆく。
毎日自由に空を翔けていた、あの黒い塊はいつの間にか見なくなってしまった。
僕も連れて行ってくれればよかったのに。
勝手に居なくなってしまった渡り鳥たちに悔しくて、寂しくて、心細くて、
ポロリと涙が出た。
「さらさら」
浜辺の砂を掬い上げる。
さらさらと両手の隙間から砂がこぼれ落ちる。
空を見上げた。
さらさらと空から星がこぼれ落ちてきた。
誰かが星を掬いあげたのだろうか?
「これで最後」
「よしっ、これで…最後!はぁ〜やっと終わったぁ。」
夕焼けに染まる教室。私は会長とふたりで生徒会室の後片付けをしていた。
いよいよ明日で高校生活が終わる。
生徒会へ入会したのは単に思い出作りと、会長がいたからだった。
グループワークの授業中に何回も隣の席になり、会長が不意に
「なんだか、君のとなりは落ち着くね。」
と言った。
その一言で私は会長のことが好きになった。
明日でお別れ、最後にどうしても気持ちだけでも伝えたい。
「最後まで付き合わせてごめんね。今まで、一緒に生徒会を盛り上げてくれてありがとう。とても助かったよ。お疲れ様でした。」
あの時と同じ笑顔だった。
「いえいえ。…あ、ぁの、会長。一言、よろしゅうですか?」
噛んだ!?
「ん?…はははっ、よろしゅうですよ。」
「前に、私の隣が落ち着くって言ったの、お、覚えて、ますか?」
「うん。覚えてる。何回も隣になるなんて、あれは奇跡だったよね。」
覚えているだけで嬉しかった。
「その、その時から私、ずっと会長のことが…好きなんです!」
ついに、言ってしまった…。
怖くて顔があげられない。
「……ありがとう。気持ちを伝えてくれて。顔を上げて?」
ゆっくり顔を上げると目の前が真っ暗になった。
今、私は会長に抱きしめられている。
喜びとパニックで倒れそう。すると、パッと離された。
「……実は俺も、あの時から君のことを好きになったんだ。大学は遠いから、しばらく会えなくなるかもしれない。だから最後に。」
そう言うと、会長は優しく私の頬に口づけた。
「君の名前を呼んだ日」
私と妻は見合い結婚だった。
見ず知らずの人との結婚生活に最初は戸惑いばかりだった。
毎日、私の為にあくせく働く妻。
彼女も彼女で計り知れない程、戸惑いや気苦労があったろうに、そんなもの意に介さないような笑顔を毎日わたしに見せてくれた。
順風満帆な生活だと感じたが、そんな妻にわたしは何もしてやれていなかった。
なにか恩返しできることはないだろうかと気心知れた友人に相談すると、「女は自分の名前を呼んでもらえると嬉しいんだとよ。」なんて助言を受けた。
確かに、妻のことを名前で呼んだことは無かった。 呼ぼうとしても照れくささでどうしても吃ってしまう。
ある日、わたしは照れくささを押し殺して、初めて妻の名前を呼んだ。
「…まぁ!まぁ、まぁ、まぁ!!旦那様、今、あたくしの名前を呼んでくださったの!?…ありがとうございます。とっても嬉しいわ。」
妻は目をまん丸にして、想像していたより何倍も喜んでくれた。
わたしもなんだか嬉しくなって口元が緩む。
互いの頬が綺麗な紅色に染まった。
「やさしい雨音」
今日の予報は午後から雨だったのにうっかり傘を忘れてしまった。
私は昇降口で呆然と暗い空を眺めていた。
みんな傘をさして次々帰っていく。
学校から家まで近いから、まぁ何とかなるかと思ってジャケットを頭に被って外に飛び出そうとしたその時、先生から声をかけられた。
「あっ!待て待て!傘ないんだろ?俺の予備の傘、貸してやるからこれ使いな。」
「え。あ、ありがとう…ございます。でも家すぐ近くなんで、走って帰りますよ!」
「家近くても、濡れたら風邪ひくかもしれないだろ?」
雨空を見上げて笑う私の後頭部を先生は軽くポンと触れた。
普段、厳しくて近寄り難い先生だったけど急な
やさしい台詞でちょっとだけキュンとした。
「……。じ、じゃあ、ありがたく、お借りします。」
「ん。今日俺が見回り当番だから、施錠ついでに校門まで送るわ。」
借りた傘をさして、2人で並んで歩く。
ザーザーと無機質だって雨音がなぜか、今この瞬間は、やさしく包み込むような音に聴こえた。