「あの日の温もり」
「迷惑かけて…ごめんね、私の分も…幸せに…生きて…ね。」
それが、母の最期の言葉だった。
俺の母は末期の癌を患っていた。辛い闘病生活の末、最期まで苦しんで逝ってしまった。
人の死に立ち会うのはあれが人生で初めての経験だった。握っていた母の手から徐々に母の温もりが消えていくあの感覚は、俺に深い絶望感と…
己の手の中でひとつの命の温もりが消えてゆく、得も言われぬ興奮を覚えさせた。
「cute!」
予報では今日は1日晴れなのに、突然雨が降ってきた。傘を持っていなかった私は上着を頭に被って屋根のあるところを探して走っていた。
突然、ドンっと衝撃があった。
尻もちをつく私の反対側で同じく尻もちをつく彼。
「괜찮아? (大丈夫?)」
直ぐに立ち上がって優しく手を差し伸べてくれる彼。
「あ、え、えっと…。」
とっさの出来事に困惑して座り込んだまま、あわあわしていると、彼がクスッと笑った。
「cute.」
その微笑みを見た瞬間私の心は鷲掴みにされてしまった。これが、私と彼の始まりだった。
「記録」
私は毎日"私"として生きた記録を付けている。
毎日、その日の日付と曜日と出来事を簡単に書いていた。
1日だけ記録が抜けている日があった。
「あぁ、この日は"ワタシ"として生きた日か。」
その日の夜、近くで殺人事件が起きたニュースを見た。次の日、私は直ぐに自首しに行った。
「さぁ冒険だ」
とある日の夜、布団の中の私に、
ある少年が問いかけた。
「ねぇ、冒険にいこうよ?さぁ!冒険だ!!いつまでも子供のままで、僕と一緒に行こう!」
差し伸べられた手を取らず、私は首を横に振った。
悲しそうな顔をする少年。
「ごめんね…いつまでも子供じゃいられないみたい。私は、もう…大人になっちゃった。」
「一輪の花」
幼なじみの家にも赤紙が届いたと知らせを聞いた。
生まれた時から兄妹のように一緒に育ってきた彼は、ついに見知らぬ地に戦争に行く。
まだ幼かった私は戦争なんかに行って欲しくない、ずっとそばに居て欲しいという気持ちを上手く言葉に出来なかった。
私に出来たことは、彼の無事を願い一輪の花を手渡すことだった。
「これ、アンタに預けるから。…必ず持って帰ってきて。必ずよ。」
彼は何も言わずそれを受け取った。
「ん。行ってまいります。」
彼を最後に見たのは凛々しく敬礼し、去っていく後ろ姿だった。
あれから何十年も経ったある日、玄関の呼び鈴が鳴った。玄関を開けると、そこには誰も居ない、代わりにあの時あの人に預けた一輪の花があった。