誰も、僕に、見向きも して くれなかった。
チャイムが 鳴ると、となりの陽子ちゃん、正太くんは 僕と反対側へ 足を出し 立ち上がる。
僕は 教科書と ノートを片付けて 本を取り出す。
図書室のなかで 一番 輝く UMA(未確認生命体)についての 本。
僕は オカルトが 好きだった。
理由は 特にない。多分、ワクワク するからだ。それと 昔から コワイものが 好きだった。
妖怪 宇宙人 UMA 幽霊。
コワイ絵を描く人は すごい。適当な箇所に指を入れ、本を開いた。
見ただけで ゾワッとして、心を掴まれる。
これは こわい。フラットウッズモンスター だって。
木が一本 版画みたいにそびえてて、その麓に なにか 禍々しい感じの いきものが 立っている。
こちらを 見ていないのに その目は 僕に気づいてるかのようで おそろしい。
点描に にてるな。水木しげる みたいな。
トンッと 僕の頭が前へ弾け飛んだ。
後頭部が痛い。後ろを向くと、僕を通り過ぎてく新山さんがいる。
最近多い。誰かが僕を 通り過ぎる度に、僕の頭にぶつかっていく。
もう一度 本に 目を落とした。さっきより少し 机に向かって首を下げた。
首がポキッと鳴ったけど 猫背のはじまり だったけど、別に気にしなかった。
だけど チャイムが鳴った。
陽子ちゃんと 正太くんは 僕と反対側から、それぞれ机へ 足を入れて、椅子に座った。
「はい。おはじきをくばります」
先生は言った。
僕はちょっと へんだな、と思った、さっきまで 休み時間が終わったばかりだったんじゃ なかったかな。
前の席からおはじき入りの ちっこい箱が飛んできた。
おもしろい。入ってくる陽の光に カラフルに輝いてる。
僕は箱を開けた。
「はい。みんな、おはじきを5個と3個におはじきを分けられましたか?5個と3個に。
分けられなかった子は教えてね、手を挙げて」
僕は手を挙げた。よくわからなかったが、手を挙げてと言われたので手を挙げた。おはじきは持ったままだった。
「福井先生が来てくれるよ」
僕は手を挙げたママ待った。先生は ちょっと 気づきにくい。ママは 僕が後ろの席だからだと言っていた。
持ったままの、3個のおはじきは、やがて僕の手の中から滑り落ちて机にかんからかんとうるさく鳴った。
僕は蒸れてた手の中が気持ち悪くて手の指を開けた。そのタイミングで 先生と目が合った。
あ 福井先生が 来てくれる、と思った。
先生は突然赤くなった。肩をすごい勢いであげて、エリマキトカゲみたいだった。
「なにしてるの!」
イッパツ 叫びで殴られる。耳がビリビリする。窓が 割れた気がする。僕は、あまりよくわからなかった。叫ばれた事しかわからなかった。
気道がとても 狭くなる。先生の眉間を見つめた。目をあわせたくなかったからだ。
先生は続けざまに「……周りみてみなさい。あなたが今、うるさくしたから、授業が止まっちゃったよ」言った。
視線を四方八方に飛ばす。みんな不思議そうな顔で僕を見ている。こわい。
ひとりは 僕をバカにした目で、ひとりはちょっとおもしろそうで、ひとりは全然僕に興味がなさそう。
僕は みんなに見られることが突然過ぎて こわくなった。いやなこわさだ。UMAのこわさのほうがずっといい。
「みんなにあやまりなさい」
先生は言った。
頭の中に 光だけ 溢れた。真っ白になってる。目がカクカク動いた。
僕、今、何で 怒られてるんだろう。
「あやまりなーさーいー!」
机はバンバン鳴った。
僕は息がヒックヒックしてきて 切迫した。
「ご、ご、う」
陽子ちゃんがため息をついた。
「ご、ごん、なさい」
先生はちょっとの間、僕を睨んだ。
顔を下げてボソッと何かを言った。
聞こえなかった。でも 僕は 大抵 僕が喋ったあと人がああいう表情している時は、僕の声がきこえなかったときだと知っていた。
「ごめんなさい!」
先生はすぐに顔を上げて持っていた教科書を机に叩きつけた。
「うるさいっつってるやろ」
先生は突然泣き出すと、教室から出ていった。
いつも 教室のすみのほうで大人しくしている福井先生は慌てて後を追った。
僕はおはじきを見つめた。
今は算数の時間だって事を思い出した。
僕はまだ教科書も、ノートも出していなかった。
「アホ?おまえ」
正太くんが言った。
「先生、可哀想」
陽子ちゃんがつぶやいた。
僕はみんなにバレないように、ゆっくり机に手をいれた。
「なにしとん」
バレた。こうなったら、精一杯のスピードで出すしかない。 僕は ちょっとした 速さで 算数の教科書を ひきずりだした。
またみんな 僕から目を離した。
みんな 僕から興味を落とした。
みんな 僕を諦めた。
「あほじゃ、ないし」
僕は静かに言った。みんなもう、先生を追いかけて行った。僕を通り過ぎる子はみんな 僕の後頭部に当たっていった。
僕の頭は そんなにジャマなのか。
ぼーっとしながら 学童を 過ごしていた。
僕に優しい先生は 掃除機をかけていた。
コワイ先生は 僕を睨んでいた。裁判官みたい。コワイ先生の机も相まって、そっくりだ。
「もう 七時ですけど」
コワイ先生は、カラス声で笑いながら言った。
先生の隣にいる 金魚のフン先生は それに同調して頷いた。
「ダメだよねえ、これ」
「ホントに。私たちだってねえ、ヒマじゃないのにねえ」
僕は まだぼーっとしてた。他の子達は みんな帰ってる。ピンポーンと鳴った。
ママだ。僕は 持ってきていたランリュックをしょった。
「遅いわ〜」
カラス声は大きく響いた。椅子から 立ち上がる時の掛け声 みたいに言った。
コワイ先生は僕の背中をグイグイ押しながら、 玄関に導いた。
「ママー」
「また遅くなってすみませんー……」
ママは僕を一瞬見たが、僕の頭を越したところを見た。
「ぇぇ〜、それ毎回言われますけど、そしたら次早く来れるんですか?」
「頑張ります」
「いや。頑張りますと違うくってえ」
カラス声が厳しくなった。僕の肩にはまだ先生の手があった。先生の手はいつも 僕を縛るみたいに強く掴む。痛い。
「ママ」
「……可哀想にね」
僕はママの手に手を伸ばした。早く帰っても なにも すること ないから 別にいいのに。
「もうみんないませんよ。今日もひとりでずっと、お利口さんに座ってたんですよ」
ママが泣いた。するとカラスの目が優しくなった。クチバシで肉を散らかさないように。狡猾な優しさ。滑稽な気遣い。
「私たちもね。ずっと時間がある訳じゃないんです。早く来てもらわないとね。わかるでしょ?」
ママは頷いた。ママの髪のおだんごがゆれる。ママは最近よく泣く。じいちゃんがなくなって(と、みんな言う)から、多い。
ママは僕の手を掴んで、カラスはようやく爪を僕から離した。
ママの車に乗る。ママはすぐに発進した。
「ママ、あのなフラットウッズモンスターってしってる?」
「……しらない」
「あのな、身長が2mあって、スカートみたいなん履いてるねん。めっちゃこわいで!」
ママは答えなかったが、僕は別になんとも思わない。
「帰ったらなー、テレビ見よっかなあ〜、あれ見たい。リトルマーメード」
ママは鼻水をプシュンと吹き出して泣いた。
「……売っちゃった。ごめんねヨーヘイ」
「売るって何?」
「もうないの」
「なんで?あっじゃ、お風呂であそぼー」
ママはハンドルを握っていたが、なにも握っていないように見えた。ママは時々、もぬけの殻みたいになる時があった。
お風呂のおもちゃもちょっと減っていた。
おとうさんが欲しい!
口裂けても言わんけどな。
おとうさんってどんな感じなんやろう。
となりのトトロ(今変換で“となりの土々呂”になってもた。おもろいわ!)みてたら、余計考えてまう!
おとうさんってどんなんなんやろう。
ラピュタの歌では“父さん が くれた 熱い想い”ってある。
なんかに情熱を注いで、必死で身を粉にする姿を示す、とかそんな感じなんやろうか。理想の父?作品によくある良き父ってな。
母はとなりに、父は一歩前に……って感じ?
そういや1回おとうさんの車乗った事あるわ。めっちゃきったなかったなあ。
おとうさん一人しか乗らへんのやろうな、助手席も後部座席も足の踏み場なかった。ただ運転席のスペースがあっただけ。
なんかの拍子に、ブレーキの裏へ物挟まったりしそう。そんくらい散らかってた。
でもおとうさんの車のニオイ好きやったな。なんか“漢気”が漂ってるって感じや……
おとうさんよう音楽とか聴いてたんやったっけ?運転してはる間、なんにも流してへんかったんやっけな〜、あんまり覚えてへんけど、なんか乗り心地良かったなあ。
僕はめちゃくちゃ運転下手クソになるやろうけど(自分の体でさえ、いろんなとこにぶつけてんねんから、車なんか買ったら死神からスカウトされるわ)、おとうさんはめちゃくちゃ運転上手かったんやろなあ。
おかあさんも運転上手いけどな!でも最近、疲れてはるからか、ちょっと危なっかしいわ。
せやけど、僕のかかってる病院(くそ遠い!えげつなく遠い!とおいっクルマ!)へ一々送迎してくれてはるし、やっぱ運転は上手いと思うわ!
僕の友達のおかあさんも上手かったな〜。なんか、めっちゃ山道を臆すことなく降りていかはるねん!僕高所恐怖症で、そういう急な坂下るだけでも恐怖で震えるのに、そのおかあさんの時だけは見てて気持ちよかったわ。
車運転するのは恐ろしいけど、乗ってるのは好きやなあ。雨降ったあとの夜景色を走ったり?ラジオから流れる音楽無心に聴いたり……
時にはスマホとイヤホンセットに持って行って、耳塞ぐ時もあるわ。
最近のお気に入りはShawn Wasabiの“Spicy boyfriend”!この人最近知ったけど、なんかすっげえ独特な音楽スタイルでハマってまうわ〜、EDM好きやったんがよかったんかもしれん。
眠くなってきたな。おとうさんおかあさん、おやすみ
空って たかが個人に 寄り添うような、やさしい存在じゃ ないだろう と 思う。
小説みたいに 悲しい時 映画みたいに 葬式の時 雨が降るワケじゃ ない。
人生の転換点 素晴らしい 選択をしたのに 報われなかった時、そういう時に 気持ちのいい快晴だったり する。
空は 雲模様の 洋服が お気に入りで 毎日ちょっとずつ 違うのを 着て起きるのかも しれない。
風で なびく洋服 だ。
つまり、洋服の たかが柄が、僕らの 頭上にあるだけ だ。
空は 人間ひとり、気にする気もなく お洋服を選んで、風に吹かれて、存在している。
だからこそ 空は大きい。気持ちがいい?
僕が こう思っただけで 別に それが 正しいワケではない。
なぜ 共有するのか というと それは 承認欲求だと 思う。
空に比べりゃ ゴマ以下の人間が。コ〜レほど 複雑な心理、欲求、思考を もってるなんて 地球ってスゲエ ー
錆びついた心 音もない世界。
なに をみてるの?
「 またね 」
……を言える顔 をさがすよ
それをくりかえすだけ……
きづけば そこには
ひとりきりで 泣くうしろすがた。
つらいようなさびしいような……場所。
手をつないで──いたいんだ。
何度目の キモチだろう。
ココにある 温もりは
まちがいでもかまわない 。
……そばにいる事。
涙の音。 ため息の色。
──今 確かめる現在地
冗談みたいな毎日。
みたいみたい
未来……
強がりの声も かすれたな 、
と夢におちるの。
抱えたヒザ 目をおとすと
すぐに 崩れてしまいそうで……
このままこのまま
二人きり 駆けこむ遠い出口。
──まだ 期待 してるの
……さあ 笑ってみつめあうんだ
単純で 無邪気な顔。
クシャクシャの思い だいて。
迷い込んだ場所さえ
やさしすぎて
何度でも なまえを呼ぶよ。
不確かな未来でも。
離せないもの 思うだけココロが痛いよ──
──ここにいるよ!ここにいるよ……
かえるばしょ はここだよ。
いつだってかわらない
想いをのこすの ……
作詞 作曲 wowaka
「And I'm home」
突然、家のドアがガチャっと開いた。
サンズは少し驚いた。ドアの音に驚いた。
ドアノブを握っているのはじぶんの手なのに。
サンズは驚いていたが、表情はさほど変わらなかったので、そのまま家に入った。
家の中は別に暖かくも寒くもない。外もそうだ。
雪はあるが、寒くない。それがスケルトンの利点だ。
後ろ手にドアを閉める。そっとだ。
サンズの視線は弟の部屋にあった。
サンズは少しよろめきながらリビングを横断した。
サンズはあまり飲まなかったが、今日はやった。
アルコール依存症ではない。ストレスでバカみたいなことをしでかすより、酒を飲んでそうする方がはるかにマシだからやった。
キッチンにいくと、すぐにため息がもれた。
忘れていた、シンクは前よりサンズに意地悪くなった。
方向転換して、冷蔵庫を開けると、ガラッと氷が滑りでる。2個掴んで口に放り込んだ。
一瞬、眼窩の中にいれようかと思ったが、やめた。
口だろうが目だろうが体内に入ればなんでも同じだと思ったが(これは自分を蔑ろにしているのではない。事実、そうだからだ)、痛ければ後悔するだろうと思った。
サンズはそれほど打算的でも、利口でもなかった。
もう1個口に含んで、飲み込んだ。
サンズにはそもそも喉がないので、詰まることもない。従って咀嚼の意味もそれほどない。
サンズは肩を適当に回しながらキッチンから出た。ポキポキ鳴ってるのがなんなのか、サンズですらわからない。昔は小骨かなんかが折れてるのかと思っていた。今は霜かなにかが壊れてるのだと思っている。
階段を上るのは時々とても苦労するが、今がそうだと思う。なのでサンズは一段登ってすぐ部屋に近道した。
電気を付けると、すぐ付いた。昨日は電球が悪くなって付くのに遅れをとっていた気がしたが、……
サンズの記憶力の問題だろう。
ベッドへ腰を下ろし、体から力を抜いた。
「ふー」
天井を見つめたまま、モゾモゾ動いた。
両手を組んで、頭の上に持って行って、両腕に頭をのせた。
サンズは枕を買うつもりがなかった。毛布を買ったからだ。
サンズは足を上げて、毛布のかたまりにのせた。
快適だ。見た目はそれほどそうには見えないだろうが、それでも快適な感覚だった。
サンズは目を閉じた。
このまま眠るつもりは“毛頭なかった”がとにかくそうした。
そうすると、側頭部に虫が這っているのをハッキリ感じた。比喩的な意味で。
胸も、肋骨の中に植物でも飼ってるみたいだ、葉が擦れるのと大差ないくらいザワザワしている、落ち着かない。
サンズはため息を付いた。
毛布にのせたまま、貧乏ゆすりをはじめた。
サンズは少し落ち着くかんじがした。
心臓が脈打つのと同じように、その動きが体に必要不可欠で、していて当たり前の事のように思える。
貧乏ゆすりをすると、いつもそのように感じられた。
そのまま続けた。
落ち着かない。両足でやってみた。馬鹿らしい、痙攣してる虫みたいだ。それでも落ち着かない、クソだ。
サンズは頭をかきむしってめちゃくちゃに叫んでやりたくなったが、その代わりに腕を天井に突き出した。
そして、サンズらしくはない俊敏さで起き上がった。
突然。ぐわんっと視界が揺れて、視界の端が暗くなって、キーンと聴覚が狂ったものの、それはすぐに治った。
サンズはもういちどキッチンに降りようと思った。
近道した。
そして驚いた。キッチンにパピルスがいた。
パピルスは冷蔵庫を漁って、どうやら冷蔵庫の中身を適当に整理しているらしかった。
サンズがやろうとしていた事だ。
「……」
「……」
このまま、なにも見なかったふりをして部屋に戻った方が健全に済むだろうか。
しかし、サンズの思考はハッキリ遅れをとっていた。
パピルスはもうサンズを見ていた。
パピルスはとても驚いた様子で、手元のパスタタッパーを横向きに持ち上げたまま、固まっていた。
「……」
「……」
「……ビビったか?」
「……はッ?」
パピルスは古いPCの動画のように動いた。
「ビビったろ。そんなに口、あんぐりあけてさ」
サンズは気楽に歩いてパピルスの持つタッパーの中身を見た。
ホネを抜けば食べられそうだったので、パピルスの手からそれを抜こうとしたが、パピルスはカウンターの上においた。
サンズはカウンターに向かって手を伸ばした。
パピルスはもういちどタッパーを持ち上げて、冷蔵庫の上にタッパーを移動させた。
「おまえにはこのタッパーがねこじゃらしかなんかにみえるのか?」
「……こんなにおそくにたべたらダメだよ」
厳密に言えば、それは正しくない。しかしさらに厳密に考えると、それは正しかった。
サンズは手をポケットに戻した。
「だったらおまえ、こんなおそくになにしてるんだ?ねてなきゃだめだろ」
「サンズだって!」
「ウマのみみにねんぶつ〜」
サンズはキッチンから出ながらいった。
パピルスは黙って首を引いた。
いや、黙ってはない。一度だけ、鼻から抜ける「んー」という声を出した。ハエの鳴き真似をする時みたいな声だ。
サンズはソファに座って、ジャガジャガ鳴らしながらリモコンを探した。
パピルスもキッチンから顔を出した。
「……なんにもやってないよ」
「ついてるだけマシなんだ……リモコンどこにおいた?」
パピルスはまた高く唸った。
サンズは気にしなかった。指先が硬い柄を見つけた。そのまま引き上げる。
かすんだ赤いボタンを押すと、テレビの電源がついた。静止画。
サンズはソファにボスんと突っ込んだ。
じぶんの足先の方を見て、サンズは二度見した。
パピルスはいつのまにか、ソファ(サンズから離れた位置)に座っていた。
驚くべき事に、この夜だけでサンズはパピルスに二度も驚かされた。
驚くべきことだ、明日はスノーフルの雪が全部溶けてるだろう。
化石かなにかが露出するだろうか?
それなら面白いのに。
サンズは鼻から息を抜いて、床を意味もなく見つめているパピルスに声をかけた。
「なあ」
その先も言うつもりだったが、なぜだか出なかった。
恥ずかしいとかそんなハッキリした感情はないが、そういう時に見られる、つっかえには違いない。
「……あー」
「絵本よんでくれるのか!?もう一回ッ!?」
パピルスは元気よく立ち上がってその場で跳ね上がった。
サンズはこれで恥ずかしくなった。恥ずかしがっていると思われている事に恥ずかしがった。
「うん、そうそう、そういうこと」
「やったー!兄ちゃん!感謝するぞ!」
サンズは意味もなくコクコクと頷き続けた。
自分でも、首振り人形みたいだという自覚が芽生えると、余計に首振り人形みたいになった。
「……なに首振り人形やってるのッ?さっさとたちあがれなまけボネ!」
パピルスは声をはりあげて「にゃーっハッハッハ!」と言いながら、階段を駆け上がった。
サンズはノロノロと起き上がりながら、やっぱやめときゃよかったかなと思った。
あのテンションじゃ、1冊の本の力でなんて、無茶だろう。
サンズがノビをすると、背骨が激しく鳴りひびいた。
パピルスの寝息が一瞬止まった。
サンズは肋骨と腕を伸ばしたその体制で固まった。
「…………スカーっ」
パピルスの膨らんだ胸は萎んだ。
萎んでまた膨らみ、そしてまた萎んだ。
また寝息を立てていた。
「ハア……」
サンズはすぐに背を丸めて、ため息をついた。
掌に額をのせ、しばらくそのまま目を閉じる。
今はなにも気にしないでいい。
なぜか?
とても眠いからだ!
サンズは手の中で頷いた。
側頭部の虫は相変わらず歩きすぎだったが、眠気の方がはるかに騒がしい。
怠慢な動きで顔を上げた。
もう眼窩はほとんど開かないが、なんとか立ち上がって、近道をした。
瞬時に、まばゆい光が目を焼いた。
目をギュッと閉じて唸る。
そうだ、サンズは自室の電気を付けっぱなしにしていた。
パピルスの部屋はすっかり暗かった、そうしなければパピルスが寝ないからだ。
「まったく高機能な眼窩だ」
サンズは乱暴にスイッチを叩き、明かりを消し去った。
「よし」
そしてすぐさまマットレスに飛び込んだ。
マットレスを抱きしめる。
力をいれて抱き込んだ。
そうしていれば胸のざわめきも虫けらどもも少しは誤魔化された。
「よし……ようやく本領発揮だ、サンズ」
ブツブツ言った。
サンズは大抵いつも役に立たないが、今のような状況にはとても強かった。
サンズは眠る事が得意だったのだ。
いや実の所、サンズはそれ以外、ほとんどなにも得意ではなかった。
「……寝ろ、サンズ」
膝でマットレスを蹴った。また貧乏ゆすりを始めてみる。
そうだ、明日の朝になれば解決している。
明日の朝にはいつも良くなっている。
いつもなにも気にしないでいられるのは朝なんだ。
その朝を少しでも良くする気があるなら、もう眠るべきだった。
……だが、サンズにはわからなかった。
朝の解決は、いわゆる“時間による解決”なのか、それともただの愚かな“先延ばし”なのか。
「……フ〜……」
サンズは額をマットレスに擦り付けた。
「……もう二度と酒なんて頼むなよ、サンズ」
サンズは拳を作り、それを頭の上に持って行った。膝を折って、腰椎にねじこみ、マットレスの上で背を丸める。
なんの意味もない。
考えることにも、体制を変えることにも、弟と話すことにも。
随分冴えている、どうやらいつもと違うグラスは無駄だったようだ。払った金も。
酒を頼んだ時の周囲の目に“すぐ気にならなくなる”と誤魔化した、あの愚かな行為。
なにか冗談のひとつでも言うべきだった、おい、考えてみろよ、あいつらから見たサンズはどうだ?
今日は静かすぎた上、酒を何杯も頼んだ、陽気なスケルトン。
「もういい、もう十分だ」
ただの独り言もクソに聞こえる。
演技がかっていて、なにか下らない。
実際の瀬戸際を感じさせない。
いつもこうだ、冗談めいていて、大袈裟すぎる。
実際は大袈裟でもなんでもない、適切な量の苦痛に対する適切な反応なのに。
「あ〜……」
サンズは側頭部をガリガリした。
サンズは専門家ではないが、飲酒がサンズになにもしない事は明白だ。
……サンズはなんの専門家でもない。
ホットドッグの専門家ではない、だからウォーターソーセージを挟んでも全く気にならない。
星の専門家ではない、だから貴重なレンズを台無しにできた。
ジョークの専門家でも、弟に母親ヅラする専門家でも、友達を作る専門家でも、SFの専門家でも、とにかく、サンズは、何者でもなかった。
だから何も分からなかった、どうすればいいか分からなかった。
普通そうだ、そうだと思わなければならない。
みんな、なにかに発散するだけして、解決から逃げる時くらいある。だろう。きっと。
そう、明日の朝にはすべてぼやけている。
……サンズはようやく目を閉じた。