別れ際、互いの声は踏切警報音で掻き消され、届くことはない。
あなたはきっと愛に満ちた言葉を私に伝えていることだろう。
けれど私は毒を含んだ呪いの言葉をあなたに向けている。
あなたのことは愛している。
きっとあなたが私を愛する以上に。
けれど、愛することと憎むことは切り離せない。
愛情と憎しみ──これらは常に表裏一体だ。
だから互いの声が聴き取れないこの別れ際の瞬間で、私は深い愛の裏に隠れたささやかな憎しみを、あなたにぶつけているのだ。
テーマ【別れ際】
山の天気は変わりやすいとはよく言うが、まさかここまで悪天候に見舞われるとは予想外であった。
ぽつりぽつりと雨が降ってきたと思えば、バケツをひっくり返したような豪雨へと変貌した。
容赦なく全身に叩きつけられる雨粒の威力は思いの外凄まじく、痛みすら感じるほどだ。
また間断なく降る雨粒が目隠しとなって視界が非常に悪くなったのは、何より大きな痛手であった。
山頂を目指すよりも脇道に逸れた方が賢明だろうと判断し、目についた藪道を突き進んでいく。
藪道は思ったよりも浅く簡単に通り抜けてしまった。それと同時に豪雨はその勢いを急速に失い、やがて何事もなかったように止んだ。
通り雨で助かった、と安堵するのも束の間、目の前に現れたのは豪奢だが不気味な雰囲気を放つ洋館の姿。
トンネルを抜けると雪国であった──という書き出しが有名な小説のタイトルはなんだったろうか。
もしも、通り雨が抜けると怪しい洋館が聳えていた──という一節で始まる小説があったならば、どんなタイトルが相応しいだろうか──?
あまりにも異様な光景を前にしたせいなのか、そんな取り留めのない思考が浮かんだ。
テーマ【通り雨】
「わあ、なんか年々仮装のクオリティ上がってない?」
「来年はあたし達も仮装してみようか」
「仮装しなくても、お前ならそのままでイケると思う」
「ちょっと、それどういう意味!?」
10月31日──ハロウィン。
日本にはあまり馴染みのない行事であったが、最近ではすっかり市民権を得た秋のイベントだ。
「それにしてもすごい人だねー。はぐれないように気をつけないと」
そんな風に言ってるそばから、気がつくと私は一人だった。つまり迷子になったのだ。
仮装する者、私達のように見物するだけの者、それらが入り乱れており、とても仲間達と合流できそうにはない。
群衆から離れ、仲間達にLINEを送ることにする。
メッセージを打ちながらふと思う。
そういえばハロウィンは、西洋のお盆みたいなものだとか……。
お盆──死者の魂が現世に戻ってこられる日。
もしかすると仮装している人達の中に、死者の魂が紛れ込んでいたりして──
やだ、突拍子もない妄想しちゃった。
そう自嘲した時であった。
『そうだよ、よくわかったね──?』
男とも、女とも、子供とも、大人とも、判然しない声で答えられた。
驚いてスマホの画面から顔を上げ、私は辺りを見回す。
けれど、怪しい人物の姿は特に見当たらなかった。
テーマ【秋🍁】
覚めながら悪夢を見ている、とはこのことだろう。
窓から見える景色は地獄としか言いようがない。
ある日突然、魑魅魍魎と呼ぶに相応しい化物が現れた。そしてその化物どもは、最悪なことに人間を捕食する、という特性を備えている。
化物どもが次々と人間を食い殺す──窓の向こう側はそんな地獄絵図が繰り広げられていた。
幸運なことにこの家は、化物どもが忌避する何かがあるのか、はたまた化物どもの襲撃から守ってくれる加護があるのか──よくわからないが、とにかく安全地帯の役割を果たしてくれている。
幸運なこと──? いや、決してそうは言い切れないことに気づく。
今は備蓄していた食料があるから平気だが、それらが尽きた後は……。
食い殺されるのと餓死するのでは、どちらが辛いのだろうか──窓の向こうに広がる地獄を呆然と眺めながら、まるで救いのない二択が残酷に浮かんだ。
テーマ【窓から見える景色】
既に案内人から説明があったでしょうが、念の為もう一度ご説明させていただきます。
私どもはご依頼主様が指定したターゲットが持つ“形の無いもの”を奪うことを生業としております。
その際に発生する報酬もまた、ご依頼主様が持つ“形の無いもの”をいただく、という形を取らせていただいております。
どうかそのことをよぉく考えた上で、私どもと契約なさるかをお決めくださいませ。
なぁに考える時間はたっぷりとあります。
貴方様が決断されるその時を、私どもはいつまでもお待ちしております。
テーマ【形の無いもの】