人は間違える
ただしこの世では、間違いは大体の場合正せるらしい。
取り返しのつかない状況になったとしても
叱り
懲役
死刑
罪悪感
罵声 が、間違えた本人を無理やり正す
正すというか 「間違えた人」は、「被害者」の納
得のいく 形 に強制される。
物理的な話だ。
合法かつ心理的な話では、
間違いだとわかっていたとしても 人はやめられない時がある
それが気持ちよくて
楽しくて
快感で
他人に利用されて
死にたくなくて
仕方ないよ 人は生き物で、本能はあるから
生きないとだもんね、気持ちいいもんね
快感は追求しなきゃ。
悪口
いじめ
性行為
恋愛固執
束縛
たとえ間違いだったとしても やめられない
苦しいね
悲しいね
気持ちいいね
その間違いという感覚はどこから来たか知らない。
道徳の教科書?
元々そなわってる倫理観?
そんなものはあったろうか
たとえ間違いと分かっていても 自己の美々しさを求めれば 快感の果てにやめられないなんて、誰にでもあるしあっという間に人生を終われるよ。
私は少なくともそう思うから
お題「たとえ間違いだったとしても」
こんな儚さと季節の巡りを感じさせる言葉でも
私には華やかな文が書けない
手離したくないほど美しい色白の少女の頬のような薄ピンクの桜は、散りゆく様を人に見せつけているのかと見紛う程に美しく 麗らかに 散り、やがて緑になる。
呑まれそうになる
呑まれているのかもしれない
少し赤みで艶のある木の幹と、美少女のまつ毛のように可愛らしく揺れる花々が
太陽の光を反射して私まで薄白くピンクになってしまいそう。
桜が満開の元で死ねば、妖精かなにかになれるでしょうか。 醜い生き方も 花々が私に咲いて吸い取ってくれるでしょうか。
そうならいいのにね。
お題「桜散る」
神様へ、 私のことを愛してくれませんか
無論返事は無い
ただ人が架空の「神」という概念を大切に守って守って、自分達の都合のいいように考え想像し創り出してきただけだ。
人の想像に期待しても何も産まない
この考えで私は「神」の概念を殺した。
もう何かに期待するのは嫌だった
でもひとつ願うなら、神の存在を真にして欲しい
なんて矛盾を抱えて生きていく
人は矛盾にまみれてるんだね。
「神様へ」
1年前、
冬
快晴の空
下校中に、
「好きって言って」
彼女が言ってきた。 「好きだよ凄く。」と即答。
そのまま彼女の家に連れ込まれて
従順に従って
ベッドの温かさも 貴方の目線の柔らかさもすべて覚えている。
私は従順に従うだけ
感覚に、彼女のすることに、気持ちに
現在、
冬
快晴の空
下校中に、
もう彼女は私の隣にいなかった。
もう、何も残っていない。
寒さと指す日差しが、私を滅多刺しにして殺そうとしてくる。 もう何も残ってないのに、刺しても何も出てこないよ。
私にはもう、失うものがない
愛も忘れてしまった。
快晴なんて眩しいだけだ。
お題「快晴」
いかにも 綺麗事を吐き散らしてニコニコしていそうなお前のその口が鬱陶しい
お前も
お前も
お前も
どうせ、口から出るのも、書く文も、 世間体を気にした言葉ばっかりで 期待するのはやめた
薄っぺらいんだよ
何も知らないだろ
薄汚い雑巾で自分磨きしてんだろ
何も私を守ってくれない
お題「遠くの空へ」