まず始めに好きな花を選ぶ。よく吟味した、色のついた花を選ぶ。はなびらと茎と葉とを分けておいて、たんねんにほぐす。よくよくほぐして、星の屑と区別がつかないくらいになるまでほぐしたら、それをまた煮詰める。煮詰めて、まっしろい砂糖をよく磨いた銀のスプーンですくって3はい落とす。
また煮詰めてぐつぐつ云い出しても思考を止めちゃいけない。弱火でじっくり考える。砂糖を焦がしてもいけない。銀のスプーンとよく澄んだつめたい月の海の水をカップ1はい用意し、スプーンの先につけたそれを水に入れて固まったら頃合である。
しばらくして砂糖に花のいろがついた頃になったら、つぎに月下美人についた露を混ぜてやる。(この時は急がないとすぐ固まってしまうのでよく注意をするように。)混ぜ終わって、多分にシャボンを閉じ込めたような泡の中に想像力と知識とがちゃんと閉じ込めてあるかを確認して、薄く円に落とす。この時やさしい意味を乗せてやるとたべやすくなる。( 型に流すのは厳禁、注意。言葉とは型に嵌るのがだいきらいだからだ )
2時間かそこら冷やせば、言葉は完全に成り立つ。さうして言葉とは紡がれる。時間と手間をかけた言葉がいっとう甘くておいしい。そして何より云いたいのは、言葉というのに不可能は存在しないことだ。
彼の女は泡と成り果てた。
自分とは、其れを嘲笑する愚者のひとりである。
◇
悪い夢を見ていたらしい。ふと目を覚ませば其処は至って何の変哲もない、また慣れ切って面白みの一欠片も無い自室であった。みづからの身躯は堂々と当然の様にベッドに横たわってゐる。______何とも言い難い敵意、暮靄の様に美しくは無いが同じく等しく薄惘と己が脳に蔓延する倦怠感。正しく不愉快とはこういう事を云うのであろう。大して温もりも感じない布団から這い出た後、私は苛立ちに任せてベッドの脚を蹴ってやった。
╼╼╼╼╼╼╼
「アハゝゝゝ、君、熱起に成ッて哲学だとか云う物を咄したッて抑々学問に向いて無い人が咄すンだ。中身も何にも有リャしねイ事ア......幾程何でも私にも判りまッせ」
ト、マア斯様な物云いで在りますンで到頭呆気に取られた。
「ウー、然うか、ダガ彼は可也丸め込むのが上足い。
尤もらしく聞える事をペラペラと口ッ喋ッてサ」
眉間に川の字寄せて如何にも不可しいと云いた気な様子、薩張忘れられたならば寧ろ難有いと嘆き穹仰げども不快に口はへの字に曲り、不図埃が舞えば一層眉間の皺を増やし、其れを幾度か繰り返した後諦めにヘイヘイと烟を吐く。暫間が空いたンで居心地が些ッと悪くでも成ッたのか坐り直し
「真面目に喋ッた私が損をするたア
道理も腐ッて居るもんだアネ」
ト現世で一等不幸は己と云わん許の貌で在る。
この骨身に厭がらせかと思へるくらいの雪である。まったく莫迦にしているらしい、嗚呼、人生への悔恨さへおれは抱かないのだ。畜生。おのが身と吐いた息しかおれはとんと持ち合わせていない。どころかおれの肺を出た瞬間から息さえおれのものではない。考へても考へても凍えるばかりで如何にもならぬものよ、なア、パン屑を齧つてゐる其処のおまへ!それ見ろ、恰度まなこの端で紅い南天の実が雪の重みで揺れてゐるぢゃあないか。あれはおれだ。世の憎しみやら何やらを一身に背負っているのだ。可哀想とは思わぬかと問ふのさゑ愚かだ。.......何とも耐え難ひ屈辱である。
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けふもあめが土砂降りだ
わたくしのおとつい触れた松の木も
疎らに揺れてゐる
コンクリイトに突き刺さつた針にも似てゐる
遠き西の国の港より
ごう、ごう、ごごう
と響く波の音を運んできたあめ
その偉大さにわたくしたちは
平伏せねばなるまい
噫、慈雨!
地球の飛沫を一身に浴びた
さざんかの顔ばせは慎ましく、
且つ小娘のやうに華やかで
恋と愛とを混同しがちな
いとけなささへ持っていた
わたくしがこの身に飛沫を浴びれば
このさざんかに頭が上がらぬことだらう
何の故にわたくしの指先が悴んで
赤子の頬に似た色に成るのか
わたくしは知りもしないが
ただひとりはしつてゐる
このあめだけはしつてゐる
踵を鳴らした小娘の
くちびるを潤したこのあめだけは
噫、慈雨!
慈雨よ!
あなたこそ母なのだ
まじりけのない母なのだ
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とほくに見えし山々の
暮靄に沈みしもみぢかな
踏みし枯葉は音立てて
君の耳へと届きけり
われの心の秋の野の
焦がれ燃ゆるはもみぢかな
迷えし羊の手を取りて
君は往く道を教へけり
畦道を歩く君の背を
われ独り追ひし面影は
呪いとも呼ぶ恨めしさ
果ては陽炎か据か
ながるゝみづはうすらひを
くだきて君を思ひたり
われは花と共に咲き散つて
も一度春を待つてゐる
君は来ぬかと待つてゐる
捉へれば逃せぬまたゝきを
延々春を待つてゐる
君は来ぬかと待つてゐる