閉ざされた日記 君に会いたくて
海の底_23
“雨の降る音を 海が飲み込んで
私の耳にまで 水音は届かなかった。
それでも
君に会いたくてたまらないのは
きっと 雪の冷たさのせいだろう。”
博士の日記を見ると
藍色のインクが達筆な字で目立っていた。
本当は見てはいけないのだろうけど
博士は今 体調を崩されているから
起きないだろうし 大丈夫だ。
綺麗な手。
布団から飛び出している手は
どうも触れたくなる。
またしても
自分のわがままに逆らえなかった。
いつもの冷たい海のような
視線や態度とは異なり
手は暖かい。
「なんだね。
僕の日記を見た後は
手まで繋ごうとするのか 君は。」
どうやら 全てお見通しだったらしい。
「君のそういう積極的なところ
僕は 嫌いじゃない。」
博士には体調を崩してほしくない。
でも 限定された素直な彼を
私はいつからか 海の底よりも深い感情で
想い始めていたらしい。
木枯らし_22
君からの視線が強くなった。
その時期は木枯らしが吹く頃だった。
授業を寝ずに 熱心に聞いてくれて
真面目にノートもとってくれて
いつも すごいなって思ってたよ。
でも ごめんな。
大人の事情だったんだ。
本当にごめんな。
だから私は最後の授業で
また縁があったら…って言った。
縁なんてものを
私自身が切ろうとしていたのに。
ごめんな。
卒業まで見送れなくて。
ただ 私が弱かっただけで
君に涙を流させた。
それでも
私は無責任なことしか言えない。
また縁があれば 会えますように と。
美しい_21
お初にお目にかかります 王子様。
どうか そんなお顔に
なさらないでください。
儚くも美しいお顔が 乱れてしまいます。
どこぞの宝石よりも輝かしい瞳
とても美しいことでございます。
ああ こんな姿では
言葉ですら届きませんね。
貴方様が 一緒に見たいとおっしゃった夢
それも叶えられず 申しわけなく思います。
ですが 此処でお目にかかれたこと
とても 嬉しく思います。
また会いに来てくださること
楽しみに待ち望んでおります。
空の上の星より。
この世界は_20
僕は守られていた。
だから 僕の世界は狭かった。
王子様だとして扱われ 何をするにも
周りには複数の大人たちがいた。
行ってきます と一つ言葉にすると
行ってらっしゃいませ と八つ返ってくる。
そんな僕にも 好きな子はいた。
父にいくら
あの子の家は 家政婦はいないほど…
と言われようとも
金銭面など 人の良さには直接繋がらない。
その子は
どの大人よりも可愛らしく
どの大人よりも優しかった。
そして あの子と一緒に暮らせる未来なら
僕は幸せになれると思った。
あの子の世界に入られるのなら
僕は この狭くて 苦しい世界から
解放されるのだろうと。
どうして_19
私は“君と”夜空に浮かぶ星を
眺めたかったんだ。
それなのに
どうして “君は”星になったんだ。