7/10 (月)「目が覚めると」
目が覚めると、まず、トイレを済ませる。それからコーヒーを飲むためにお湯を沸かす。その間に飼い猫の餌と水を新しくして、1日1枚の猫の写真をスマホに収める。今撮ったばかりの写真を見つめ、ニマニマと頬を緩める。猫から冷たーい視線を投げかけられた気がするが、おそらく気の所為。
程なくしてお湯が沸き上がると、ミルクたっぷりの出来たて熱々コーヒーをちびちび飲みつつ、スマホで天気予報を確認する。
朝食、着替え、炊事洗濯、その他モロモロ、、、
いよいよ家を出るという直前に、飼い猫の頭をするりと撫でると、気持ちよさそうに目をとじる。
「行ってくるね。」
じっ、、、とこちらを見上げてくる。そんな可愛い目で見上げても無駄だぞ。後ろ髪を引かれる思いで、家を出た。
扉がしまったのを確認して、Uターンして寝床に戻る。水をひと舐めすると、くぁ、と大きなあくびが出た。ニンゲンが出かけてから帰ってくるまでの間というのは、とてつもなく暇である。アイツが外で何をしているのか知らないが、毎日大変疲れた様子で帰ってくる。しかし、私が玄関に現れると、雲からひょっこりと顔を出した太陽の様に、眩しい笑顔を見せるのだ。アイツの考えることは理解し兼ねるな。そんなことをぼんやりと考えながら、ゆっくりと夢の世界に飛び立っていった。
ガチャガチャと、鍵を開ける音で目が覚める。意識が覚醒し、駆け足で玄関へ行く。
「ただいま。」
「うにゃあ。」
狭い玄関で1人と1匹の声が交差した。
飼い猫のしっぽがゆらゆらと嬉しそうに揺らめいていたことは、ニンゲンしか知らない。
7/9 (日)「私の当たり前」
ソレは僕にとって当たり前だった。呼吸をするのと同じ様にごく普通のことだった。ソレが普通でないと気づいたとき、僕は独りだった。
知人からは距離を置かれる。
大人からは異常者を見る様な目で見られる。
親からは冷たくあしらわれる。
兄弟からは気持ち悪がられる。
どれもこれも、僕が普通じゃなかったせいだ。
だから私は、ソレに気づいてからは普通になろうと努力した。
対して面白くもない会話に相槌を打ち、
微塵も興味のない音楽を聞き、
全く好みでない服を着て、
皆と同じになろうとした。
たちまち私の周りは普通の物でいっぱいになった。でも私の心は決して満たされなかった。
でもね、普通になってからは皆優しくなったの。
話を聞いて貰える様になったの。
私を見てくれる様になったの。
笑顔を向けてくれる様になったの。
私と遊んでくれる様になったの。
それらは、私が普通になったからなの。私が普通になっただけで、世界は百八十度変わったの。
でもね、それと同時にちょっぴり皆が羨ましくなっちゃった。生まれたときから普通で、皆から普通に接してくれて、普通であることを肯定されて。
いいなぁ、ずるいなぁ、羨ましいなぁ、僕も普通に生まれたかったなぁ。
でも、昔は普通じゃないだけで捕まえられたりしたくらいだから、今の時代は、文字通り生きやすい世の中なんだろうなぁ。
、、、あぁ、でも、僕の心はとっくに死んでるんだよなぁ。
7/9 (日)「街の灯」
あの子は今何をしているのだろう。
何の前触れもなくこの町を去っていったあの子は。
夜になって町の街灯なんて言えない様なみすぼらしい灯を背にする度に、思い出す。
あの子の眩しい笑顔を。
あの子のそよ風の様な笑い声を。
最後に見た悲しみに満ちた表情を。
あんな別れ方をしてしまった私を、あの子はゆるしてはくれるだろうか。せめて、会って一言謝りたい、出来ることなら、また、昔の様に笑い合いたい。そう願ってしまうのは我儘だろうか。
私はこれから先、街灯を見る度にあの子を思い出し、心の中で自分を責めたて続けるのだろう。それが私があの子に出来るたった一つのの贖罪なのだから。
「―――」
あの子の名前を小さく口に出すも、その声はちょうど通りかかったトラックに虚しくもかき消されてしまった。