『あなたに届けたい』
「いつか、いつか!貴女をお連れする準備が整ったら、その時に百本の薔薇の花束を持って貴女の元へ戻ります、姫様!」
14で嫁がなければならなくなった貴女をお救いしたい一心で、不意に出た言葉。
子どもらしい無邪気さとほんの少しのわがままを持っていた貴女が、スンと表情を消してしまったあの日から、私は貴女を守らねばと思ったのだ。
分不相応だと分かっていても、貴女の痛々しさは見ていられなかったから。
私は斜陽の国で姫様の護衛騎士をしていた。
彼女の可愛らしいお姿に、私は密かに年の離れた妹のように思い、大切にお守りしようと決めていた。
ある時姫様は私に、「大きくなったら百本の薔薇を持って求婚して欲しい」と言ってきたことがあった。
その言葉を聞いた時、「姫様もこんなことを言う年頃になって」という親心と、その純粋な好意が私に向けられている感動と気恥しさでオロオロとしてしまい、その様子をどう捉えたのか、姫様はそれから毎日飽きもせず私に求婚するように、と釘を刺すようになった。
本当に、お可愛らしい方だった。
そのお可愛らしさは健在、どころか花が蕾から綻ぶように、姫様は年々健やかに成長なさっていた。
変わらず傍に控える私に「求婚しなきゃ泣いて怒るからね!」と言ってくるのには多少困っていたが、それ以外は勝手に居なくなることもなく、とても護衛のし易い方だった。
そもそも、姫様と私では身分が違うのだ。
私は近衛の中でも最も身分が低い子爵家の3男坊、対して姫様はこの国の第一王女。
私程度の人間に降嫁されるのかと考えるだけで、あまりのお労しさに自分を刺したくなる気持ちが湧くくらいだ。
だが、そのような呑気なことを言っていられる状況では無くなってしまった。
国王陛下が、隣国から借りていた膨大な借金を踏み倒すために戦争を始めてしまったのだ。
表向きは隣国の領土侵犯が理由だったが、そんなもの紙切れよりも軽い嘘なのは明白だった。
そして姫様も、この勝ち目のない戦の犠牲になってしまった。
「お前は儂の遠縁の息子と結婚するように。」
国王陛下がそう仰った時、姫様の傍で仕えていた私は危うく陛下に飛びかかりそうになってしまった。
そのくらい、唐突に決まった姫様の嫁ぎ先は最悪だったのだ。
陛下が名前を上げた彼は、女癖が悪く太っていることで有名で、第一40歳。
14歳の姫様と目合わせるなど、あまりにも酷なことだった。
(彼と婚姻関係になるのなら、私の方が余程姫様を幸せにできる。)
姫様だって求婚してと仰っているし、愛情や、献身や、姫様への忠義……私が与えられるものを心の中で指折り数えているうちに、分かってしまった。
そもそも政略結婚の仲で、今私が数え上げたものなどひとつも要らないのだ。
姫様の御身の解放に必要な金やコネは私には存在せず、はなから立つ土俵が違った。
私は護衛でありながら、姫様への脅威を何も躱して差し上げられない、役たたずなのだ。
国王陛下に「結婚したくない」と歯向かい、呆気なくあしらわれてしまった姫様は、日に日に憔悴していらっしゃるように見受けられた。
侍女達も「むごい」だとか「お可愛そう」だとかさえずり、目の下に濃い隈をこさえている姫様の姿を近くで見る私も、耐えられなくなってしまった。
(でも一体自分に何ができるというのだ?)
非番の日に数えた全財産は、姫様のドレス1着でさえ作れないような額だった。
こんな甲斐性なしがなんの考えもなしに「可哀想だから」と、例えば姫様をさらうなんてしてしまったら、そちらの方が可哀想だ。
でも、姫様を40の男に嫁がせるのもあまりにも可哀想だった。
結局、私は何も出来ないまま、姫様の護衛の任務だけこなし続けた。
なかなかたまらない貯金と不甲斐ない自分に歯噛みし、各地の敗戦の報せを聞いては姫様が国のために身を売らざるを得ない現状に地団駄を踏んだ。
「貴方とも今日でお別れね。」
嫁ぐ直前、白く薄い上品なベールを被った姫様は、寂しそうに微笑みながら私を労った。
私の自惚れでなければ、姫様は確かに私に好意を示してくださっていた。
それは私をからかうためのものだったのかもしれないが、私は「求婚してね」と言われる度に、成長なされた姫様に百本の薔薇を差し上げる自分の姿を想像したというのに。
「貴方は、幸せになりなさいね。」
"は"だなんて。
姫様には常にお幸せであって欲しかったのに。
そう思ったら、私はいてもたってもいられなくなって、思わず叫んでしまったのだ。
「いつか、いつか!貴女をお連れする準備が整ったら、その時に百本の薔薇の花束を持って貴女の元へ戻ります、姫様!」と。
もう輿に乗っておられたから、姫様に届いたかは分からない。
これは偽善だ、今の言葉で姫様はどれだけ傷ついたことか、と自らを蔑む声も内からしている。
でも、それでも私は本気で姫様を迎えに行くつもりだ。
百本の薔薇を貴女に届けるために。
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去年の11月辺りにあったお題『紅の記憶』のヒーロー視点です。
『街へ』
「カントリーロード、この道ー、ずうっとぉ、行けばー」
昼休み、僕ら以外は誰もいない教室。
ぽっかり空いた空間があると歌いたくなる衝動に駆られる僕が、下手な歌声を響かせていたところ。
「……その曲、日本語の歌詞あるんだ。」
友人の駿が、僕の調子外れな音に険しい目を向けながら言った。
その声は酷く冷たくて、聞いてきたのはそっちなのに答えを求めているようには到底聞こえない。
まぁ駿はこういう所がある。
だが、めげずに話しかければ聞いてはくれるから、実は優しいやつ(?)なのだと僕は知っているのだ。
「え、むしろこの曲日本のじゃなかったの。僕日本語の歌詞しか知らないけど。ほら、ジブリの映画でさぁ、この曲を歌うシーンがあって、僕あれ見て一時期海外にバイオリン作りに行きたくて、母ちゃんにダダこねてたわ。」
「お前に楽器作りは無理だろ。……その曲、アメリカの曲だよ。誰のかは知らないけど、俺は英語でしか聞いたことない。」
駿は素っ気なく幼い頃の僕の夢をぶった斬ると、曲を小さく口ずさみ始める。
「Country road, take me home to the place I belong~」
ほとんど息のカッスカスな駿の歌声は、正直僕より下手だと思った。
でも、そんなものより、僕は歌詞が気になった。
「英語の方って家に帰りたいって曲なんだ。」
「ん?逆に日本の方は違うの?」
ウェストバージニアーとか歌ってた駿が固まって、僕の方を怪訝そうに見上げる。
「うん。……意訳ってやつ……なのかな。よくわからんけど、日本語の方は家に帰らない、帰りたくないって感じの曲だな。」
「なんだよそれ。」
「僕からしたら、家に帰る方がなにそれって感じなんだけど??」
謎の日米ギャップに翻弄される僕たち。
頭の上にハテナマークをポンポン飛ばしている僕と違って、駿はすぐに冷めたようなどうでも良くなったような目をした。
「……ま、とにかく道を歩いてるってことだろ。家があるか無いかはともかく、街に向かって。」
「雑だな、そのまとめ方!」
僕は思わずツッコんだけれど。
もしかしたら駿は、家がある街に帰りたくないのかもしれないななんて、彼の暗く濁って達観したような目を見ながら僕は思った。
『優しさ』
ふと、気づいた時には車道側を歩いていたりとか。
重そうな荷物ばかり持っていたりとか。
自分の取り分を少なくして、皆が多く食べられるようにしていたりとか。
相槌ばかり打って、場を回すことに注力していたりとか。
車のドアが開きすぎないよう押さえていたりとか。
猫舌なのに、出来たてのものをすぐに食べて「美味しい」って言ったりとか。
何か抱えていそうな人をいち早く見つけて、少し離れたところからチラリと様子見をして、必要があれば近づいたりとか。
視界にいつもいて、クルクルと忙しそうに動いて頼られているところとか。
ドアを先に開けておいてくれたりとか。
なるべく笑顔を絶やさないよう、密やかに微笑んでいるところとか。
ペン先や刃先を絶対にこちらに向けないところとか。
呼吸するみたいに「ありがとう」って言ってくれるところとか。
目を見て、ニコリと笑って、話しかけてくれたりとか。
そういう、貴方の小さくて、柔らかくて、偉大な優しさの集まりが。
「ああ、好きだなぁ」と思うところなのです。
『逆光』
「光の逆は影って物理法則、物理でしか効かないんだな」
居酒屋でしこたま飲んだあと、お前は今までやかましくしていたのが嘘みたいに、静かにポツリと言った。
「あ?ンだよ、急に。今更理系気取りか?」
「理系気取りってなんだよ、俺は元から理系だ。……今急に酔いがさめてさ、思ったんだ。俺が物理法則に従って生きれたのなら、こーんな影に落ちちまったって反対に行きゃ光なのにって。」
現実は、影を抜けたって影ばかりなのにな。
再び暗くなった雰囲気を茶化すように、隣に座る友が水を煽る。
注いだ時にはキンキンだったそれは、今はもうぬるく、表面の水滴の多さが俺たちの長居を物語っていた。
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上手く思いつかなかったのでここまで。
『タイムマシーン』
「母さんはなんでそんなシワとかシミだらけなんだよ!ババアだから友達に見せるの恥ずかしいよ……」
思春期、と世間で言われる時期に差し掛かった息子。
私の顔を見て、ウンザリした顔でそう言った。
とてもショックだった。
自分の顔を貶されたことよりも、息子が、私の大事な息子が、平然と人を傷つける言葉を吐くようになったことが何よりも辛かった。
貴方を育てるのにお金を使ってしまって、自分の美容に使う余裕が無かったのだと言っても貴方は納得しないのでしょう。
私が被害者ヅラをしている、とより嫌悪感を抱くだけなのでしょう。それか、そんなものは甘えだと言うのかもしれない。
ああ、貴方は若いのだ、息子よ。
貴方は若いから傷も直ぐに治るし、シワやシミのないハリのある肌なのだ。
貴方もいずれこうなる日がくる。
何十年か後、鏡で自分の顔を見た時、ヨボヨボの老人がそこには写っていることだろう。
そうして貴方は自分の生きてきた月日の長さを知る。
今の私と同じように傷つき、長かった人生を思い出し、過去の自分にスキンケアや体調管理をちゃんとしておくよう、タイムマシーンに乗って言いに行きたくなるのかもしれない。
けれど。
私にとってこのシワやシミは、誰がなんと言おうと大切なものなのだ。
「これはね、貴方を育ててきた証なのよ。貴方を産まずに、貴方を育てないまますぐに死んでいたら、こんなに老いることも無かったでしょう。この顔や手のシワは、貴方と共に生きてきた年月の長さなの。」
───大事な息子を、大切に育てるための等価交換に、私の人生が必要だったのよ。