雨上がり。
地面に水たまりができている。
そっと覗くと、水たまりに映る自分の姿越しに青空が見えた。綺麗な青だ。
その青の中に、見たこともない謎の形をした物体がはっきりと見えた。
慌てて後ろを振り返る。
空は雲一つない快晴。澄んでいて、謎の物体なんて、あるわけがない。
見間違いかと、再び水たまりを覗く。
……やっぱり、ある。
謎の物体が空にないなら、この水の中?
水たまりを蹴っ飛ばしてみる。
波紋が広がる。
中の物体も波紋に合わせてゆらゆらと揺れている。
じゃあやっぱり、空にあるのか?
でも、空を見ても、水に触れてみても、どちらにも実体はなかった。
気味が悪くなり、その場を立ち去ろうとした。
その時、謎の物体から、それはそれは巨大な手だけが出てきて、こちらに向かって左右に振り出した。
もう何も見ないように両目をぎゅっとつむると、俺はダッシュで逃げ出した。
『水たまりに映る空』
もう恋ではなくなってしまった。ましてや愛なんてものじゃない。
情も違う。そんなものは持ち合わせていない。
だから今は「欲」しかない。
君のしなやかな肢体に恋をした。
愛を持って君に接した。
もう欲しか残っていない。そろそろ頃合いなのだろう。
今日でお別れ。
じゃあ――、
「いただきます」
『恋か、愛か、それとも』
「それでは20歳になったらみんなでこのタイムカプセルを開けましょう」
小学生の頃、学校でそんなイベントがあった。
当時、一番仲良かった友達と、「じゃあ開ける日は一緒に来ようね」「約束だよ」。そんなやり取りをしたなぁと、思い返していた。
20歳、約束の日。
きっとみんな忘れているだろうな。そう思いながらも小学校へ向かった。
当時約束した友達は、あの後引っ越してしまって、連絡先がわからない。約束を果たすことはできなかった。
でも、もしかしたら来てくれるんじゃないかって、淡い期待を胸に抱いていた。
わくわくしながら向かったけど、誰一人そこにはいなかった。なんて、よくある話だ。
「……やっぱり、誰も来ないか」
約束の時間になっても、そこには自分しかいなかった。
みんな、今を生きているんだろう。あの頃のことなんて、忘れて。
「……もしかして、……ちゃん?」
突然名前を呼ばれて、振り返る。
そこには、あの頃の面影を持った、ずっと会いたかった友達の姿があった。
「みんな来なかったな~」
友達と二人、居酒屋からの帰り道。
少し愚痴を混ぜながら、でも、なんだか清々しい気持ちで歩いていく。
「でも、君に久しぶりに会えたから、僕はそれだけで嬉しいよ」
「そんなの、俺だって!」
他には誰も来なかった。だから、何を書いたかも覚えていない、あの頃埋めたタイムカプセルは、今も地面の下にある。
そのまま忘れ去られても構わない。
今まで会えなかった時間なんて、もうどうでもよかった。
俺達は今を生きている。
『約束だよ』
「何怒ってるんだよ」
雨の中、少し前を早足で歩く君の後ろ姿を追っている。
声をかけても君は振り返らない。
「なぁ! 待ってってば」
駆け足で君の横に並び、傘を持つ手を掴む。
それでようやくこちらを向いた。
その顔は、涙に濡れていた。
驚いて思わず手を離す。
君はまた向こうを向いてしまった。
「……だって、あの子の方がいいんでしょ……?」
肩を震わせながらそんなことを言い出した。
「なんでそうなる?」
隣の席の女子が教科書を忘れた。だから一緒に見ていた。それだけだ。
そりゃ少し話したし、ちょっと話があったから笑ったりもしたけど、それだからといってあの子がいいってことにはならない。
「私が恥ずかしがって、付き合うこと秘密にしてとか言ったのに……。だから、他に君のこと好きになっちゃう人がいたって、とられちゃったって、おかしくないもん……」
「そんなんじゃないって。大体、好きになってくれる子なんて、君以外いないよ」
「それにあの子の方がかわいいし……。こんなことで怒る私なんか、かわいくないもん……」
何を言っているのか。
持っていた傘を投げ捨て、君の前に回り込んだ。
そのまま両手で思い切り抱き締める。
「……あのなー、俺にとっては、君だけがかわいいの! かわいくないなんて有り得ない。一番かわいい!」
雨はいよいよ激しさを増し、君の持つ傘の向こうは水しぶきで白く濁っている。この傘の下は今、二人だけの世界だった。
だから、今なら誰にも見つからないから。
泣き止んだ君の頬に、そっと優しくキスをした。
『傘の中の秘密』
長く続いた雨がようやく上がり、今朝はきらきらと水たまりに太陽の光が反射している。
真っ青に広がる空、澄んだ空気。しかもほら、虹までかかっている。
きっと今日はいい日になる。
雨上がりの空は、そんな気持ちにさせてくれた。
すっきりとした気持ちで家を出る。学校までの道のりをスキップしながら歩いていた。
すると、目の前に好きな女の子の姿が見えた。
なんたるラッキー。気分が更に上がる。
思い切って声をかけてみた。
「おはよう!」
「あ、おはよう……」
彼女はこちらを振り返ると、極上の笑顔を浮かべた。
か、かわいい……。
「……あははは! 何その髪型!」
「え?」
足元にある水たまりを見る。
そこには、漫画のような寝癖をした自分の姿が映っていた。
……まぁ、君の笑顔が見られたからヨシとする。
『雨上がり』