小さい頃から競っていた。
隣の家に住む幼馴染は、何かにつけて勝負を挑んできた。
どっちが早く走れるか。どっちが早く自転車に乗れるか。どっちが早く足し算ができるようになるか。どっちがテストの点数が高いか。どっちがゲームで勝てるか。どっちがあの子と付き合えるか。
そんな、たくさんのことを競ってきた。
どちらが勝ったからといって、何かあるわけではない。ただ、この勝負が楽しかっただけ。
勝ち負けなんて、どうでもいい。
これからも、一緒に勝負をしていけたら。それだけなんだ。
きっと、おまえもそうなんだろ?
幼馴染で、ライバルで、親友で、相棒のおまえと、ずっと一緒に。
『勝ち負けなんて』
親の顔は見たことがない。
気付いたらスラム街で生きていた。
ただ生き延びる為に、悪いことをたくさんやった。
見つかって、暴力を振られ、体中傷だらけ、痣だらけになっても、まだ生きていた。
生きる意味はなかったけれど、そこに存在していたらから、生きていた。
でも、今回はまずいかもしれない。
呼吸をするだけでも体中が痛いから、浅く浅く呼吸をする。口の中に錆のような味が広がる。
意識が朦朧としてきた。
――あぁ、これで終わりか。何だったんだろう、自分の人生は。
瞼が重い。視界が薄れていく。
ここで自分の物語はおしまい。さようなら。
目が覚めた。
終わったと思っていた人生がまだ続いていた。
柔らかなベッドの上で起き上がり、上等な服を着せられ、生きていた。怪我の治療もされている。
どうやら、自分達とは違う人間――貴族様に拾われたらしい。
ぼろぼろの子供を哀れに思ったのか、それともただの気まぐれか。わからないが、ここから新しい生活が始まった。
命の心配をすることはない。
柔らかなベッドに上等な服。温かい食事、お風呂。綺麗な部屋。何かに怯えることもなく、眠りに就くことができる環境。
拾ってくれたその人が、まどろむ自分の頭を優しく撫でた。その時初めて、温かな水が目の端から零れ落ちた。
終わりだと思っていた自分の物語は、新しいステージの上で、まだ続いていく。
『まだ続く物語』
私は渡り鳥。毎日渡っていく。遠くから遠くまで。
今日もいつものように渡る。
『この電車は、先ほどの信号設備故障の影響で、現在、定刻より約30分ほど遅れて運転しております』
渡り鳥、ルート変更。目的地に早く向かう為、振替輸送を使う。
とりあえず同じ方面へ行く別の電車に乗ってみる。
乗り換えて乗り換えて、時に間違った方向へ進み、時に人混みに揉まれ、ようやく……。
元の電車に戻ってきた。結局これが一番早く目的地に着く。
――なんだよ!
許せない。でもどうしようもない。
渡り鳥は疲れた。それでもまた、毎日渡っていく。
『渡り鳥』
♪笹の葉さらさら 軒端に揺れる
お星様きらきら 金銀砂子
商店街に大きな笹が飾られていた。一ヶ月後の七夕に向けて用意されたらしい。
たくさんの願い事が短冊に書かれて並んでいた。
願いはかわいいものや切実なもの、笑えるものまで様々だ。
面白がって私もさらさらっと書いてみる。
それを飾っていると、通りがかりのおじさんが突然とんでもないことを言ってきた。
「この笹は、本当に願いを叶えてくれるんだよ。もちろん、全部じゃないけどね」
もちろん叶えば嬉しいし面白い。
でも、正直叶うとは思っていない。
これだけたくさんの願い事があれば、叶うものもあるだろうし、叶わないものもあるだろう。当たり前だ。
なので、おじさんの言うことは気にせずに、その場を後にした。
そんなこともすっかり忘れて、気付けば七夕だった。
七夕だからといって、何をするでもない。普通にその日は眠りに就いた。
笹の葉と短冊が、さらさらと揺れている。
誰かの願いが、風に運ばれて、天に昇っていった。
そんな夢を見た。
次の日。テレビをつけてニュースを見てみれば、世界はとんでもないことになっていた。
どうやら、この世界は本当は存在しないらしい。
――どういう意味かわかるか?
この世界は、誰かに書かれた物語らしい。読んでいた小説の中に転生した話とか、よくあるだろ、そういうやつ。つまり、この世界がそうらしい。何かの小説なんだと。
――[この世界がフィクションでありますように]
こんなわけのわからない願いが、叶うとは思わなかった。別に叶えたいとも、さらさら思っていなかった。
特に意味もなく、ふざけて書いただけだぞ?
有り得ないじゃないか。この世界はフィクションで、自分すら本当は存在しないなんて。
なぁ? もしかして、見えてるのか? この世界が。どこかで読んでるのか? おまえの目に、私はどう映っている? 変わってくれないか? この世界が存在しないなんて、私が存在しないなんて、狂いそうだ。なぁ、お願いだ。
この願いを、取り消してくれ。
『さらさら』
「これで最後です!」
「えー!?」
「アンコール!」
「じゃああともう一曲だけ……」
「では、これで最後です!」
「えー!?」
「アンコール!」
「そんなにぃ? じゃあ今度こそ次で最後ね?」
「今度こそ、これで最後です!」
「えー!?」
「アンコール!」
「じゃあ……」
後ろからマネージャーが現れた。
いい加減にしろと怒られた。
『これで最後』