川柳えむ

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6/1/2025, 7:06:19 AM

 小さい頃から競っていた。
 隣の家に住む幼馴染は、何かにつけて勝負を挑んできた。
 どっちが早く走れるか。どっちが早く自転車に乗れるか。どっちが早く足し算ができるようになるか。どっちがテストの点数が高いか。どっちがゲームで勝てるか。どっちがあの子と付き合えるか。
 そんな、たくさんのことを競ってきた。
 どちらが勝ったからといって、何かあるわけではない。ただ、この勝負が楽しかっただけ。
 勝ち負けなんて、どうでもいい。
 これからも、一緒に勝負をしていけたら。それだけなんだ。
 きっと、おまえもそうなんだろ?
 幼馴染で、ライバルで、親友で、相棒のおまえと、ずっと一緒に。


『勝ち負けなんて』

5/30/2025, 11:33:27 PM

 親の顔は見たことがない。
 気付いたらスラム街で生きていた。
 ただ生き延びる為に、悪いことをたくさんやった。
 見つかって、暴力を振られ、体中傷だらけ、痣だらけになっても、まだ生きていた。
 生きる意味はなかったけれど、そこに存在していたらから、生きていた。
 でも、今回はまずいかもしれない。
 呼吸をするだけでも体中が痛いから、浅く浅く呼吸をする。口の中に錆のような味が広がる。
 意識が朦朧としてきた。
 ――あぁ、これで終わりか。何だったんだろう、自分の人生は。
 瞼が重い。視界が薄れていく。
 ここで自分の物語はおしまい。さようなら。

 目が覚めた。
 終わったと思っていた人生がまだ続いていた。
 柔らかなベッドの上で起き上がり、上等な服を着せられ、生きていた。怪我の治療もされている。
 どうやら、自分達とは違う人間――貴族様に拾われたらしい。
 ぼろぼろの子供を哀れに思ったのか、それともただの気まぐれか。わからないが、ここから新しい生活が始まった。
 命の心配をすることはない。
 柔らかなベッドに上等な服。温かい食事、お風呂。綺麗な部屋。何かに怯えることもなく、眠りに就くことができる環境。
 拾ってくれたその人が、まどろむ自分の頭を優しく撫でた。その時初めて、温かな水が目の端から零れ落ちた。

 終わりだと思っていた自分の物語は、新しいステージの上で、まだ続いていく。


『まだ続く物語』

5/29/2025, 11:30:56 PM

 私は渡り鳥。毎日渡っていく。遠くから遠くまで。
 今日もいつものように渡る。

『この電車は、先ほどの信号設備故障の影響で、現在、定刻より約30分ほど遅れて運転しております』

 渡り鳥、ルート変更。目的地に早く向かう為、振替輸送を使う。
 とりあえず同じ方面へ行く別の電車に乗ってみる。
 乗り換えて乗り換えて、時に間違った方向へ進み、時に人混みに揉まれ、ようやく……。
 元の電車に戻ってきた。結局これが一番早く目的地に着く。
 ――なんだよ!
 許せない。でもどうしようもない。
 渡り鳥は疲れた。それでもまた、毎日渡っていく。


『渡り鳥』

5/28/2025, 11:27:44 PM

♪笹の葉さらさら 軒端に揺れる
 お星様きらきら 金銀砂子

 商店街に大きな笹が飾られていた。一ヶ月後の七夕に向けて用意されたらしい。
 たくさんの願い事が短冊に書かれて並んでいた。
 願いはかわいいものや切実なもの、笑えるものまで様々だ。
 面白がって私もさらさらっと書いてみる。
 それを飾っていると、通りがかりのおじさんが突然とんでもないことを言ってきた。

「この笹は、本当に願いを叶えてくれるんだよ。もちろん、全部じゃないけどね」

 もちろん叶えば嬉しいし面白い。
 でも、正直叶うとは思っていない。
 これだけたくさんの願い事があれば、叶うものもあるだろうし、叶わないものもあるだろう。当たり前だ。
 なので、おじさんの言うことは気にせずに、その場を後にした。

 そんなこともすっかり忘れて、気付けば七夕だった。
 七夕だからといって、何をするでもない。普通にその日は眠りに就いた。

 笹の葉と短冊が、さらさらと揺れている。
 誰かの願いが、風に運ばれて、天に昇っていった。
 そんな夢を見た。

 次の日。テレビをつけてニュースを見てみれば、世界はとんでもないことになっていた。

 どうやら、この世界は本当は存在しないらしい。
 ――どういう意味かわかるか?
 この世界は、誰かに書かれた物語らしい。読んでいた小説の中に転生した話とか、よくあるだろ、そういうやつ。つまり、この世界がそうらしい。何かの小説なんだと。

 ――[この世界がフィクションでありますように]

 こんなわけのわからない願いが、叶うとは思わなかった。別に叶えたいとも、さらさら思っていなかった。
 特に意味もなく、ふざけて書いただけだぞ?
 有り得ないじゃないか。この世界はフィクションで、自分すら本当は存在しないなんて。

 なぁ? もしかして、見えてるのか? この世界が。どこかで読んでるのか? おまえの目に、私はどう映っている? 変わってくれないか? この世界が存在しないなんて、私が存在しないなんて、狂いそうだ。なぁ、お願いだ。
 この願いを、取り消してくれ。


『さらさら』

5/27/2025, 10:29:24 PM

「これで最後です!」
「えー!?」
「アンコール!」
「じゃああともう一曲だけ……」

「では、これで最後です!」
「えー!?」
「アンコール!」
「そんなにぃ? じゃあ今度こそ次で最後ね?」

「今度こそ、これで最後です!」
「えー!?」
「アンコール!」
「じゃあ……」

 後ろからマネージャーが現れた。
 いい加減にしろと怒られた。


『これで最後』

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