「今日は『昨日と違う私』です。これを課題に制作をしてください」
テーマを元に作品を作る。それは、文学作品でも、芸術作品でも、どんなものでも構わない――。
毎日そんな宿題を出されています。理由はと言うと、感性を磨く為だそう。
今日のテーマは『昨日と違う私』。
さて、どんな作品を作ったらいいかしら。悩みながら自室へと戻ってまいりました。
ここは魔法学園の寮の一室。一室と言っても、庶民の家よりも広い部屋です。
そして私は魔法学園に通う令嬢。
精神と魔法は密接な関係にある。感性を磨くことは、魔法を扱うにあたり重要な役割を果たす。
だから私はこの課題にも一所懸命に取り組むのです。
悩んで悩んで、決めました。
黒魔術を使い、昨日と違う私になると!
黒魔術――これは悪魔を召喚して、願いを叶えてもらう魔法です。ただし、こちらの願いと引き換えに何かをお願いされるのですけど。
そんな魔法を使っていいのかって? まぁこれも魔法ですし、結果的に魔法を扱うものの為になるのであれば、許していただけるでしょう。
というわけで、使いました。黒魔術。
代償は近くにいる人間の寿命数年分。
あら、そんなものでいいんですの? 私が直接代償を支払わなくていいなんて、ツイてますわね。
明日目が覚めると変わっているそうです。さて、どんな私に変わってしまうのでしょうか。若干ウキウキしながら眠りに就きました。
夢の中の私は、この世界じゃない場所にいました。
そこは日本という国で、私は令嬢でなく、OLというものをやっていました。
乙女ゲームと呼ばれる、格好良い殿方と恋愛関係になる遊びが、小さな板に映っています。
その画面には見覚えのある人物が映っておりました。
「私――悪役令嬢!?」
思い出しました。
これは私の前世。トラックに跳ねられ、この乙女ゲームの世界に転生したのです……悪役令嬢として。
たしかに、こんな前世を思い出せば、昨日とは違う私になってしまいます。
朝です。
どうしましょう。悪役令嬢なんて、困りました。このままではお約束通り殺されてしまうかもしれません。
とにかく、顔を洗ってすっきりさせてから考えましょう。
そう思って鏡を見れば、
「あれ? え、これ、私じゃない? ヒロイン――!?」
そこに映っていたのは、悪役令嬢の自分ではなく乙女ゲームのヒロインの姿でした。
次の瞬間、乱暴にドアが開かれました。
「どういうこと!?」
ドアを開けたのは私でした。いえ、きっと、私の姿をしたヒロインなのでしょう。
つまり、
「私達、入れ替わってる~!?」
「なんで私が悪役令嬢になってるの!?」
あれ、もしかして、これ、ヒロインも前世持ちってやつかしら?
これが昨日の黒魔術のせいだとしたら、ヒロインも巻き込んでしまって申し訳ないことをしてしまいました。
「まさか昨日の黒魔術のせい!?」
私の姿をしたヒロインの口から、思い掛けない言葉が飛び出ました。あなた、ヒロインなのになんてことやっているの。人のことは言えないけど。
「本気で課題に取り組んでただけなのに!」
「まぁ、奇遇ですわね。私もです。黒魔術を使ったらこんなことに」
「じゃああなたのせいってこと!?」
「さぁ……? そちらのせいかもしれませんし」
大体、私は前世の記憶が戻っただけでも充分だったのに、まさか入れ替わりまで起こるなんて、とても私の黒魔術のせいだけとは思えませんもの。
「でも、これで課題はクリアですわ」
「え?」
「『昨日と違う私』。私もあなたも間違いなく昨日と違う私になっています。だから、課題はクリアですわ」
「こんな時まで課題のこと?」
「でも、あなただって課題に本気だったでしょう?」
「そうだけど……今後どうする気?」
「それは、また黒魔術使えばいいんじゃないでしょうか?」
「名案」
なんだかんだで、私達は気が合うみたいです。
これをきっかけに、ヒロインとは前世の話をしたり、恋愛の話をしたりして、仲良くなることができました。
そして、前世を思い出した私は、周りの人への対応も変わり、その結果殺されることもなく、平穏に暮らすことができました。
めでたしめでたし、ですわ。
『昨日と違う私』
「こんなところにお店あったっけ……?」
今日は散々だった。
仕事で大きなミスをしてしまった。凹んでいたところに、追い打ちの、恋人からの別れようというメール。ようやく仕事を終えて、帰ろうと駅に来たら、定期券が見当たらない……。
こうして辿ってきた道を引き返していると、見覚えのない店を見つけた。バーだ。
「バー……『Sunrise』……」
いろいろなことが悔しくて、悲しくて。私はそのままそのお店に入っていった。
扉の向こうは雰囲気のあるバーで、ただ、壁の一面に美しい日の出の絵が描かれていたのが印象的だった。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうに立っていた、黒いベストを着た男の人が声を掛けてきた。マスターだろうか?
「すいません。初めてなんですが……」
「どうぞこちらへ」
目の前のカウンターに案内され、座る。
「あなたに合う一杯を作ります」
その男の人はそう言うと、慣れた手つきで素早くカクテルを作り出した。シェイカーの音が心地良い。
「こちら、オリジナルカクテル『Sunrise』でごさいます」
名前の通り、日の出を思い起こさせるようなオレンジ色のカクテルを置かれた。
飲んでみると、優しい味がした。
「美味しい……。『Sunrise』って、このお店と同じ名前ですね」
「はい。この店も、そのカクテルも、誰かの夜明けになるような、そんなものにしたくて作りました」
「誰かの夜明けに……」
思わず、今日あったことを全部ぶち撒けていた。
悔しかったこと、悲しかったこと。
それを、日の出の朝焼けのように、優しく温かく聞いてくれた。
徐々に気持ち良くなって、だんだんと眠くなって……。
気付いたら、私は公園のベンチで眠っていた。
あれ? バーで飲んでなかったっけ?
膝の上にはなくしたはずの定期券があって、顔を上げるとビルの合間に、こちらも目覚めたばかりの太陽が昇り始めていた。
夢だったのか、それとも――?
ただ、やけに心はすっきりしていて、今日も頑張ろうと思えたから。私は大きく伸びをした。
『Sunrise』
ある日突然、世界のあらゆる物が空に向かって落ちていった。
原因は私にはわからない。重力が逆さになったのだ。
海が、湖が、池が、川が、空に向かって溢れていった。あっという間に空に溶けていってしまった。
電車や、車や、地面に置かれていたもの、手に持っていたもの、あらゆる物が空に向かって落ちていく。
そして、重さがある建物なんかも、メキメキと音を立てて崩れていく。空に落ちていく。
当たり前だが、生き物も、人間も。突然空に放り出された。
青い空へ向かってどんどん落ちていく。
あまりの光景に。興奮と恐怖で、私の意識も空へと溶けていった。
『空に溶ける』
どうしても、どうしても君じゃないといけないのに。
それでも君は僕の前から去っていってしまう。
何がいけなかったのだろうか。
プロポーズの言葉? いいじゃん、英語で言うくらい。
名前のことだって褒めたのに。
「変わってる」とよく言われてきた。それでも君だけは僕をわかってくれると思ったのに。
家族に紹介した時だって、君ならうちの親とも仲良くやっていけると思ったし、ママの味もすぐできるようになるって思ったのに。
どうしても君じゃないと、まるで駄目なんだ。
――まだ間に合うかな?
僕は君の後ろ姿を追いかけた。
『どうしても…』
「まって!」
呼び止められて、私は振り返る。
追いかけてきたそいつは肩で息をしながら、真剣な眼差しを向けてくる。
もう今更何を言われても響かないと思うけど、一応聞いてあげようと、そいつに向き直った。
「ま……って、いいよね……」
――?
何を言っているんだ。
「『ま』って、いい響きだよね。満月、舞、真心、ママ……『ま』から始まる言葉は、綺麗なものがたくさんだ」
マジで何を言っているんだ。
さすがに意味がわからなすぎてゾッとした。特にママとか。
「だから、マミ! そんな言葉から始まる君も、とっても素敵ってことだ! どうか僕と、マリー・ミー……」
『ま』を使いたかったのかもしれないが、プロポーズで「マリー・ミー」って。というか、僕とミーで被ってるし。
それ以前になんだこのプロポーズは。
「マジで無理。間に合ってます」
手を降ってその場を去る。
こんなだから無理だと思ったし、何を言われても響かないんだよ。
また会うこともないでしょうけど。まぁ、元気でね。
『まって』