家族の中で、唯一妹が支えだった。
所謂毒親と呼ばれる両親の元で育った。でも、そんな生活の中でも、守るべき存在の妹だけは自分の光だった。
ある日、親が言った。
「あいつは病気になった」
病状を訊いても、詳しいことは教えてくれなかった。ただ、不治の病だということだけは教えてくれた。
力が入らず、膝から崩れ落ちた。
「嘘だ……嫌だ……!」
「もう助からない。諦めろ」
いくらそう言われても、信じない。信じたくない。
「本当に不治の病? お金さえあれば治療できないの?」
縋るように尋ねる。
親は面倒くさそうにこっちを一瞥する。
「……そうだな。金があれば、治療もできるかもしれんな」
もしかしたら、その言葉は俺を宥める為の適当な言葉だったのかもしれない。しかし、俺はこの一言に一縷の望みをかけることにした。
……神様、どうか。妹が助かるなら何でもしますから。
俺はあちこち金策に走った。
大金を稼ぐ方法を探るうちに、この世の中には、自分が知らない世界が嫌という程あるんだと知った。
どうやらこの五体満足の体は金になるらしい。
顔も、腕も、足も、臓器も、何でも。俺の命なんてどうでも良かった。
妹の為に、俺はこの体を闇オークションで売ることにした。
初めての世界。俺は商品として、舞台へと上がった。
「こちらの少年の体。まずは両目から」
「1000」
「1200!」
「1500だ」
「両目1500で落札! お次は歯です」
――目、歯、髪、頭皮、右腕、左腕、心臓、肝臓、胃……体のパーツごとに俺が売られていく。
すべてのパーツが落札され、俺は舞台を後にした。これから、俺の体は切り刻まれ、落札者の元へと渡っていく。
それでも構わない。お金はちゃんと家に入ると約束してくれた。これで妹が助かるなら、それでいい。
そして、舞台から降りた俺とすれ違いで、痩せ細った一人の少女が舞台へと上がっていった。思わず振り返る。
だって、それはよく知った姿で。
どうしてこんなことが起きているのか。何が真実で、何が嘘だったのか。一体、俺は何の為にここに来たんだって。
そしてこの時、この世に神様なんていないんだと知った。
『まだ知らない世界』
もういい加減に手放さないと、とは思っている。
長く手にし過ぎた。執着と言ってもいいくらいに。
随分ボロボロになってしまった。もう使い物にならない。
もう諦めるしかないんだ。悲しいけれど。ここでお別れだ。
そうして大切なものを手放した。
ようやく掃除が終わった。すっきり。
『手放す勇気』
停電が起きた。
物置から懐中電灯を手探りで見つけ、急いでスイッチを入れる。
灯りの先に何かが反射して、どうしようもない程の暗闇を強い光が切り裂いた。
爺ちゃんの禿げ上がった頭だった。
『光輝け、暗闇で』
君がいないと苦しい。
君は僕にとって酸素のようで、傍にいないと息ができない。
だから、どうか、ずっと傍にいて。
・・・・・・
今日もまた一つ。短いながらも物語が生まれた。
こんな私にとって、創作とは、そう、まるで酸素のようだ。生きるのに必要不可欠。
普通の日常を送るだけでは、息ができない。
そうして私は今日も物語を綴っている。
『酸素』
意識を失った瞬間は覚えていない。
気付いたら、この膨大な記憶の海の中を泳いでいた。
なんとなくわかった。これが走馬灯だと。
流れる映像はどんどん古く遡っていく。
でも、映る景色はどれもこれもしょうもない、価値のないものしかなかった。
あぁ、自分の人生こんなもんか。
死んで良かったのかも、悪かったのかもわからない。これから先、生きていようが、死のうが、どちらにせよしょうもないことしかない気がする。
記憶を遡り続け、とうとうこの人生の始まりまで辿り着いた。
そこに、記憶の海に埋もれていた、自分が誕生した時の親の嬉しそうな表情が映り、その瞬間、初めて後悔をしたのだ。
『記憶の海』