川柳えむ

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「こんなところにお店あったっけ……?」

 今日は散々だった。
 仕事で大きなミスをしてしまった。凹んでいたところに、追い打ちの、恋人からの別れようというメール。ようやく仕事を終えて、帰ろうと駅に来たら、定期券が見当たらない……。
 こうして辿ってきた道を引き返していると、見覚えのない店を見つけた。バーだ。
「バー……『Sunrise』……」
 いろいろなことが悔しくて、悲しくて。私はそのままそのお店に入っていった。
 扉の向こうは雰囲気のあるバーで、ただ、壁の一面に美しい日の出の絵が描かれていたのが印象的だった。
「いらっしゃいませ」
 カウンターの向こうに立っていた、黒いベストを着た男の人が声を掛けてきた。マスターだろうか?
「すいません。初めてなんですが……」
「どうぞこちらへ」
 目の前のカウンターに案内され、座る。
「あなたに合う一杯を作ります」
 その男の人はそう言うと、慣れた手つきで素早くカクテルを作り出した。シェイカーの音が心地良い。
「こちら、オリジナルカクテル『Sunrise』でごさいます」
 名前の通り、日の出を思い起こさせるようなオレンジ色のカクテルを置かれた。
 飲んでみると、優しい味がした。
「美味しい……。『Sunrise』って、このお店と同じ名前ですね」
「はい。この店も、そのカクテルも、誰かの夜明けになるような、そんなものにしたくて作りました」
「誰かの夜明けに……」
 思わず、今日あったことを全部ぶち撒けていた。
 悔しかったこと、悲しかったこと。
 それを、日の出の朝焼けのように、優しく温かく聞いてくれた。
 徐々に気持ち良くなって、だんだんと眠くなって……。

 気付いたら、私は公園のベンチで眠っていた。
 あれ? バーで飲んでなかったっけ?
 膝の上にはなくしたはずの定期券があって、顔を上げるとビルの合間に、こちらも目覚めたばかりの太陽が昇り始めていた。
 夢だったのか、それとも――?
 ただ、やけに心はすっきりしていて、今日も頑張ろうと思えたから。私は大きく伸びをした。


『Sunrise』

5/21/2025, 10:55:52 PM