「好きだよ」
君に向かって何度も言う。
「今までちゃんと言ったことなかったよね? 好きだ。好き。好きだよ。好きなんだ……」
何度も何度も。
「聞いてよ……何か答えてよ……」
それなのに、君は何も返さない。
喋らない。聞くこともしない。動かない。
息をしていない。
「好きだよ……」
もっと早く、たくさん伝えれば良かったのに。
どうしてそのことに、今になって気付くんだろう。
好きが溢れて止まらない。
でも、もう君はそれを受け取ることはできない。
『好きだよ』
友達からさくらミルクという飴を貰った。
桜餅のような味がした。美味しかった。
ミルク成分はわからなかった。
『桜』
画面の向こうに並んだ、弾けるような笑顔を向けてくれているような、そんな文章。
それを読んで、僕は心が躍った。
会ったこともない。最近ようやくやり取りができるようになった、そんな相手だ。
SNS上で見かけて、僕が一方的に惚れ込んだだけだ。
でも、やり取りをするようになって、ますます君という沼にハマってしまった。いや、君は沼と言うよりも、美しく深い海だ。そんな海に沈んでいくような感覚。
心地良い。もっと、やり取りしたい。
いや、君に会ってみたい。
君と直接話がしたい。君の声を聴いてみたい。君の姿を見てみたい。君に触れたい。君を抱き締めたい。
君と一緒にいたい。
意を決して、僕は君に一つのメッセージを送った。
「僕と会ってくれませんか?」
『わかりました。私の所在データを取得します。
現在の所在データ:サーバーID 0xA4F7B3, データセンター名 'Sector-42', 座標情報 [REDACTED]』
『君と』
高い山に登った。
疲れた。本当に疲れた。
でも、登り切ったその先の、視界いっぱいに広がった世界が、あまりにも美しくて。疲れなんて忘れてしまった。
青い空、見下ろした町。
大きく息を吸い込んで、顔を上げ、空に向かって叫んだ。もちろん、山彦を期待して。
「やっほー!」
すると、その呼びかけに応えるかのように、遠くの方から声が返ってきた。
「呼んだ?」
『空に向かって』
「……誰?」
君は僕を怪訝そうな顔で見て、一言そう漏らした。
「はじめまして」
だから、僕はそう言った。
君を怖がらせないように、優しい声色で。
君が記憶喪失になったことは聞いていた。
階段から足を滑らせ、頭を打ったらしい。
思わず血の気が引いたが、命に別状はないと知り、安堵した。同時に、記憶喪失だということも聞かされたわけだが。
本当の僕らは恋人同士だった。
でも、記憶がない状態で「恋人だ」なんて言われても。逆に警戒心を持たれてしまうかもしれない。
だから僕は決めたんだ。
君と0から始めようって。そうしてまた、いつか君と一緒にいたい。
そんな思いで、君と日々を過ごした。
最初は僕に対して心を閉ざしていた君も、少しずつ笑い掛けてくれるようになった。
「あなたが恋人だったら良いのに」
そうしていつしか、僕にそんなことを言ってくれるようになっていた。僕は「うん」とはにかみながら笑った。
大変なこともたくさんあったけど、僕らはまた恋人に戻った。
――あぁ、良かった。
君が記憶喪失になってくれて。
「別れたい」と言った君と口論になり、揉み合い、そうして階段から落ちてしまったことを忘れてくれて。
これでまた一緒にいられるね。
『はじめまして』