川柳えむ

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6/7/2024, 10:36:44 PM

 世界の終わりに君とディナーがしたいとカッコつけたこと言ったら、じゃあ行こう! となり、近くにこんな素敵なお店があることを知った。
 言ってみて良かった。そんな余裕ないなんて言われたらどうしようかと思った。

 テラス席で美味しい料理を頬張る。幸せな気分だ。
 テーブルの真ん中に置かれた淡いランプの光に照らされた君は、一段と美しく見えた。
「良いお店ですね」
 次の料理を運んできた店主らしき男にそう告げると、彼は嬉しそうに笑った。
「このお店は私の夢が詰まっていますから。最後まで見ていたい私の夢なんです」
 なるほど。彼にとって何よりも大事なものがこのお店なんだ。
 だから、こんな状況で一人でもお店を続けている。
 そう、本当に世界が終わりそうなこの状況でも。

 ある日突然、地球を征服しに宇宙人が攻めてきた。
 徐々に侵略され滅んでいく地球。もうすぐここも終わりだろう。

 空がぱっと明るく輝いて、思わず顔を上げる。
 空からは無数の光の帯が降り注いでいる。その光景のあまりの美しさに息を呑んだ。
「綺麗だね」
 君は言った。
「そうだね」
 僕は静かに頷いた。


『世界の終わりに君と』

6/6/2024, 10:32:37 PM

 俺は史上最悪の魔王だ。
 極悪非道! 残虐な、泣く子も黙る魔王だ!

「魔王! 覚悟!」

 勇者が城に乗り込んで来た。
 馬鹿め……どうなっても知らないぞ?

 城に爆音が響き渡る。

 そうして、ボロボロになった。俺。

「なんか……弱くね?」
「かわいそうになってきた……」

 そう。俺は、魔族の奴らにとって、史上最悪の魔王だ。
 威厳なんてない。弱い。情けない魔王だ。

「き、今日はここまでにしてやろう」

 同情した勇者が帰っていく。

 史上最弱で、最高に情けない、最悪の魔王は、こうして今日も魔界の平和を守っている。


『最悪』

6/5/2024, 10:31:24 PM

 私には誰にも言えない秘密がある。
 当然誰にも言えないのだから、それは一人で墓場に持っていくくらいのもの。
 たまに吐き出してしまいたくなる。誰かに聞いてもらいたくなる。
 けれど、それすらできない。することは許されない。それだけの秘密を持ってしまったのだ。
 でもきっと、誰だってそんな秘密を持っている。だから、そんなに自分を責める必要はないのかもしれない。
 でも、この秘密抱えてしまったことは、この秘密を話すことは、きっと許されることじゃない。だから、これこそが私への罰だ。
 それでももし、私が話したくなってしまったら、貴方はこの秘密を何も言わずに聞いてくれるのだろうか。
 私の、死ぬまで抱えていく、今はまだ誰にも言えない秘密を。


『誰にも言えない秘密』

6/5/2024, 7:08:42 AM

 私にとって、ここは狭い部屋だった。
 こんな狭い所にはいられない。私には似合わない。
 だから、もっともっと広い部屋を手に入れることにした。

 そうして、私は宇宙に出た。
 こんな狭い部屋――地球にはいられない。
 もっと広い宇宙を手にする為に。この宇宙は私の為にあると信じて。


『狭い部屋』

6/3/2024, 11:01:24 PM

 帰り道、憧れの先輩と二人きりになった。
 誰にでも優しい先輩は、私にも優しかった。勘違いしてしまいそうになる程に。こんな短い時間で、深みに嵌まってしまう程に。
 本当はずっと好きだった。それを『憧れ』という言葉に押し込めていた。
 ……あぁ、帰りたくない、と思ってしまう。

「あの……」
 立ち止まると、先輩もそれに合わせて立ち止まってくれた。
「ん? どうしたの?」
 優しい微笑みを浮かべて、私を見てくる。動悸が速度を上げる。
「あ、あの……そのっ……!」
 言葉が上手く出てこない。
 ひとしきり「あー」だの「うー」だの訳の分からない言葉を発して、そうして、ようやく出てきたのは――
「せ、先輩って、す、好きな人って……いないんですか?」
 ――そうじゃない! そうじゃないでしょ、私!!!!
 そんなことを頭の中で叫ぶ。本当は好きだって伝えたいのに。
 勇気の出ない自分に悲しくなりながら、私は先輩を見た。
 そして――

 あ……。

 一瞬の表情を見て、気付いてしまった。
 とても愛おしいものを見るような目、それなのに、とても哀しそうな笑顔。そんな表情を一瞬させて、あとはまたいつもどおりの優しい笑顔に戻って、
「いないよ」
 なんて、言われたって。

 途中まで送ってもらい、「ここからは方向が違うから」と離れて帰ろうとした。一緒にいたら、泣いてしまいそうだったから。
 先輩はそんな私の様子を知ってか知らずか、
「そっか。また明日ね」
 それだけ言うと、その場を去っていった。

 そこからどうやって帰ったかは覚えていない。
 帰宅し、小さく「ただいま」と家族に声を掛けると、まっすぐ部屋へと駆け込んだ。
 そしてそのままベッドへと体を埋める。
 あの目は、私を映していなかった。もっと、ずっと遠いところを見ていた。あんなに哀しそうな顔なんて、今まで見たことがない。
 悲しい恋をしているのだろう。そして、それはきっと叶わない恋なのだろう――。
 自分が悲しいのか、先輩のその想いが悲しいのか。それとも、両方なのだろうか。
 枕に顔を押し付けると、ただただ、声を殺して泣いた。


『失恋』

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