私には誰にも言えない秘密がある。
当然誰にも言えないのだから、それは一人で墓場に持っていくくらいのもの。
たまに吐き出してしまいたくなる。誰かに聞いてもらいたくなる。
けれど、それすらできない。することは許されない。それだけの秘密を持ってしまったのだ。
でもきっと、誰だってそんな秘密を持っている。だから、そんなに自分を責める必要はないのかもしれない。
でも、この秘密抱えてしまったことは、この秘密を話すことは、きっと許されることじゃない。だから、これこそが私への罰だ。
それでももし、私が話したくなってしまったら、貴方はこの秘密を何も言わずに聞いてくれるのだろうか。
私の、死ぬまで抱えていく、今はまだ誰にも言えない秘密を。
『誰にも言えない秘密』
私にとって、ここは狭い部屋だった。
こんな狭い所にはいられない。私には似合わない。
だから、もっともっと広い部屋を手に入れることにした。
そうして、私は宇宙に出た。
こんな狭い部屋――地球にはいられない。
もっと広い宇宙を手にする為に。この宇宙は私の為にあると信じて。
『狭い部屋』
帰り道、憧れの先輩と二人きりになった。
誰にでも優しい先輩は、私にも優しかった。勘違いしてしまいそうになる程に。こんな短い時間で、深みに嵌まってしまう程に。
本当はずっと好きだった。それを『憧れ』という言葉に押し込めていた。
……あぁ、帰りたくない、と思ってしまう。
「あの……」
立ち止まると、先輩もそれに合わせて立ち止まってくれた。
「ん? どうしたの?」
優しい微笑みを浮かべて、私を見てくる。動悸が速度を上げる。
「あ、あの……そのっ……!」
言葉が上手く出てこない。
ひとしきり「あー」だの「うー」だの訳の分からない言葉を発して、そうして、ようやく出てきたのは――
「せ、先輩って、す、好きな人って……いないんですか?」
――そうじゃない! そうじゃないでしょ、私!!!!
そんなことを頭の中で叫ぶ。本当は好きだって伝えたいのに。
勇気の出ない自分に悲しくなりながら、私は先輩を見た。
そして――
あ……。
一瞬の表情を見て、気付いてしまった。
とても愛おしいものを見るような目、それなのに、とても哀しそうな笑顔。そんな表情を一瞬させて、あとはまたいつもどおりの優しい笑顔に戻って、
「いないよ」
なんて、言われたって。
途中まで送ってもらい、「ここからは方向が違うから」と離れて帰ろうとした。一緒にいたら、泣いてしまいそうだったから。
先輩はそんな私の様子を知ってか知らずか、
「そっか。また明日ね」
それだけ言うと、その場を去っていった。
そこからどうやって帰ったかは覚えていない。
帰宅し、小さく「ただいま」と家族に声を掛けると、まっすぐ部屋へと駆け込んだ。
そしてそのままベッドへと体を埋める。
あの目は、私を映していなかった。もっと、ずっと遠いところを見ていた。あんなに哀しそうな顔なんて、今まで見たことがない。
悲しい恋をしているのだろう。そして、それはきっと叶わない恋なのだろう――。
自分が悲しいのか、先輩のその想いが悲しいのか。それとも、両方なのだろうか。
枕に顔を押し付けると、ただただ、声を殺して泣いた。
『失恋』
ある旅人が村へ行こうとしています。
すると、途中で左右へ続く分かれ道がありました。
どちらへ行けば分からない旅人は、近くにいた四人の人に質問をしました。
A「それなら左の道を行けばいいよ」
B「Cは正直者です」
C「Aは本当のことを言っています」
D「右の反対のそのまた反対の道ではありません」
さて、どちらの道を行けばいいでしょう。
ただし、ここには正直者しかいません。
やっぱり論理クイズは嘘つき者がいないとつまらないな。と、左の道を進みながら旅人は思いましたとさ。
『正直』
雨が降っている。
雲が絶えることなく大粒の涙を零し続ける。何日も何日も。
それは、まるで私の心のように。
雨に濡れながら、雲が零した涙を見ていた。
生まれて消えていく雨粒は、まるで命のようで。この一瞬の為に生きているのかと悲しくなった。
雨粒が弾ける。
弾ける瞬間、雨音は歌った。優しく軽やかに、歌った。
温かい雨は私の体を優しく包んで、涙と一緒に流れていった。
-・- ・・・ ・--・ ・-・--
私達は雨粒です。
私達が辿り着く先の地面には、一人の女の人が立っていました。
彼女は憂鬱そうに見えました。雨に濡れて、悲しそうな顔をしていました。
雨粒は生まれ消え行くだけ。そしてそれは水となり、大地を潤し、生命を豊かにする。
だけど、それが何だっていうのでしょうか。悲しむ今の彼女に何かしてあげられないでしょうか。
どうか、せめて――。
私達は歌いました。精一杯、歌いました。
彼女は泣き出しました。
-・- ・・・ ・--・ ・-・--
長い長い雨は止み、雲が千切れ、空が覗き込みました。
私達は消えたけれど、青空に七色を描いていきました。
最期に見たのは、彼女の笑顔でした。
『梅雨』