夕方のチャイムが鳴り、みんな帰っていく。
「帰らないのー?」
「大丈夫。迎えが来るから」
「ふーん。じゃあまた明日ね」
手を振り、元気に走っていく後姿を見送った後、私は一人公園のブランコに乗ってじっとしていた。
温かい家。待っている両親。美味しいご飯。眠りに就いたらまた明日、楽しい一日が始まるんだろう。
私は持っていない。……羨ましい。でも、どれだけ羨んだって、私はそれを手に入れられない。ないものねだりだとわかっている。私は、独りだ。
「あ、いたー!」
「何やってんですか。帰りますよ!」
ただぼーっと地面を見つめていたら、元気よく声を掛けられた。
顔を上げると、よく見知った姿があった。
「また遊んでたんですか?」
「もう暗くなりますよ。帰りましょう。僕らの家に」
そう手を差し伸べてくる。
ちゃんと私を迎えに来てくれた。
温かいものが胸に広がっていく。
「……ねぇ、私達って家族なのかな?」
そう問い掛けてしまい、はっとする。
もし、これで家族じゃないと言われてしまったら――
「当たり前でしょ!」
「僕らはそう思っていますけど」
「…………そっか」
嬉しくなって、思わず顔が綻ぶ。
「さぁ、神社に帰りましょう。神様」
「うん、ありがとう。狛犬達」
私の手を引いていく家族。まるで両親のように。
普通の家ではないけれど、私しか持っていない大切なもの達だ。
『ないものねだり』
別にあんたのことなんか好きじゃないんだからね!
あー……俺も。
好きじゃないのに、何で付き合おうとするの?
周りがうるさいし、お前といるのは気が楽だから。
たしかに。それはそう。
じゃあそういうことで。
好きだなんて思ったことない。
でも気付けば、結婚して、死ぬまで一緒にいた。添い遂げた。
好きじゃないけど、あなた以外は考えられなくなってたな。
『好きじゃないのに』
「今日は快晴。でも、ところにより雨だな」
友達がそんなことを言い出した。別に気象予報士でもなんでもない。一般人の友達だ。
「どういうことだよ。おまえ、天気なんか予想できるのか? 大体、最初に今日快晴って言ったじゃん。途中から雨降るの?」
そう訊いてみると、彼は苦しそうな、でも少し高揚した、何とも言い難い複雑な表情をして答えた。
「この辺りだけな。濡れたくなければ、遠くに行くといいぞ!」
「はぁ……?」
「じゃあ、今日は用事があるから」
「おぉ。またな」
そのまま、どこか様子がおかしい友達の姿を見送った。
まさか、本当に雨が降るとは思わなかった。
友達とはそれ以来会っていない。
『ところにより雨』
いつからか、彼がいないと駄目になっていた。
彼の為に生きている。彼から生きる活力を貰って、彼の為にお金を貯めて、彼の為にお金を使い、また彼に元気を貰ってる。
彼と出逢う前はどうやって生きていたのかもう思い出せない。
でも、出逢って、間違いなく彼が私の人生に彩りを与えてくれた。
彼は特別な存在。そう、それが『推し』。
彼の為に生きている。彼に生かされている。
幸せなことだ。
そうして、彼のSNSや動画やいろんな情報から、今日も生きる活力を貰っている。
しかし、この頃は、まさか彼に認知されるなんて夢にも思っていなかった。
認知されるようになるのはまた別のお話。
『特別な存在』
期待しちゃって、バカみたい。
期待しなければ裏切られることもないのに。
それなのに、期待して。
そもそも、最初はそんなつもりじゃなかった。
なのにどうしてだろう。いつからかこうやって期待してしまうようになってしまったのは。
だって、優しかった。嬉しかった。
思ってたより、ずっと。
だから、つい期待してしまう。もっと、もっとって。
もっと『もっと読みたい』押されないかなって。
『バカみたい』