川柳えむ

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2/12/2024, 7:28:18 AM

 この場所で生まれ、この場所で育ってきた。
 いろんなことがあった。嫌なことも、嬉しいことも。ずっと暮らしてきた場所だから。
 手放すには長過ぎて、重過ぎた。たくさんの思い出が詰まり過ぎていた。
 だから、たとえどんなことがあっても、ここにいたい。
 そう。ここがどれだけ燃やされ、潰され、壊され――そういった戦渦に巻き込まれようとも。この命が続く限り、決してこの場所を捨てない。


『この場所で』

2/10/2024, 10:33:28 PM

 誰もがみんな「死にたい」と思ったことくらいあるだろう。
 そう思ってたのに、どうやら世の中にはそうでない人もいるらしい。本当かどうかは知らないが。

 イッツ・ア・スモールワールド――小さな世界の中にこんな歌詞がある。

 世界中誰だって 微笑めば仲良しさ
 みんな輪になり手を繋ごう 小さな世界

「死にたい」と思う人がいたり全く思わない人がいたり、苦しみすら分かち合えないのに。一人一人考え方はまるっきり違うというのに、微笑って手を繋ぐことなんてできない。

 戦争のニュースを流すテレビをこたつの中で見ながら、ぼーっとそんなことを考えていた。


『誰もがみんな』

2/9/2024, 10:26:31 PM

 バイトの最終日に、出入口で待ち伏せしていた先輩に花束を渡された。
 彼女はそれを、作り笑いを浮かべながら受け取った。

 家に帰ると、花束を見た母親は「綺麗だね」と花瓶に生けた。娘の恋人が気に入らない父親は「おまえの彼氏よりいいんじゃないか」と言った。
 たしかに、先輩の好意は知っている。わかりやすかったからだ。
 しかし、必要に駆られ連絡先を交換したところ、すぐに返信を返さないと病んだメッセージを送ってきて、挙げ句の果てにはリストカットの写真を送ってこられ、もう関わりたくないと思っていた。そんな個人的な話を、親に話すつもりもなかった。
 だから、親の言葉にも苦笑いだけ浮かべて返した。

 花はいつか散るもので、しかしまさか、彼女自身の花を散らすとまではその時は思っていなかった。


『花束』

2/8/2024, 10:46:30 PM

「スマイルください」

 店に入ってきた男はカウンターの前に立つ無愛想な店主らしき男にそう言った。
「スマイルだけですか? 他の商品もいかがでしょうか――」
「スマイルだけでいい」
 店主に聞かれ、男は遮るようにそう返す。
 店主は一瞬悲しみを含んだような、そんな表情を見せたが、すぐにいつもの無表情に戻ると会計を始めた。「スマイル一つ100万になります」
 支払いを終えた男は受け取ったそれをすぐに装着し、嬉しそうに店を出て行った。

 その数日後、近所の男が自殺したらしいという噂が入ってきた。
「……いくら笑顔でいれば世の中を生きやすいとは言っても、本音を隠して笑顔だけでいるのは、抱えた苦しみを誰にも気付いてもらえず、辛さは増すばかりなんですよ」
 店主は今日も店に立つ。いろんな表情の仮面を並べて。


『スマイル』

2/7/2024, 10:31:39 PM

 どこにも書けないことはどこにも書けないことだからどこにも書けないよ。


『どこにも書けないこと』

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