少し贅沢をして、自分の好きなものをお腹いっぱい食べる。
温かいお風呂にアロマオイルを垂らし、ゆっくりと浸かる。
お風呂から上がって、ベッドに入り、電気を消してランプを灯し、その明かりの下で本を読む。
そして眠くなってきて、ランプを消して、代わりに家庭用のプラネタリウムのスイッチをオンにする。
満天の人工の星空の下で、良い気分で目を閉じる。
何でもない夜。でも、少しだけ、自分で特別にしてみる夜。
『特別な夜』
見上げるとずっと上の方がキラキラと輝いている。
その光を見て、これが美しいということなのだと知った。
――あぁ、あの光の中へ行けば、私も美しくなれるかしら?
誘われるように、あの光り輝く場所へ。
途端に引っ張り上げられた。
「……っ、大漁だ!」
光の中へ連れ込まれた。きっとそこは美しい世界なんだと信じていた。
――眩しい。……苦しい。息が、できない。
世界は残酷だった。
私の居場所はあそこしかなかったのだと知った。今更、もう遅いけど。
『海の底』
急に君に会いたくなって、君の最寄りまでの切符を買ったよ。
「連絡してよ!」って怒られるのはいいけど、追い返さないでほしいな。
明日は日曜日だし、君が前から行きたがっていたカフェに行こうよ。
発車ベルが鳴る。
君の驚きながらも笑う顔を思い浮かべながら、揺れる電車にうとうとと目を閉じた。
『君に会いたくて』
表紙から裏表紙まで真っ黒な日記があった。
中のページは白いが、書かれている内容は真っ黒――闇だった。
その日あった出来事、そして、「今日もあいつはああだった」「どうしてこれすらダメなのか」「ふざけるな」「許せない」……そんなことばかりが書かれていた。
久しぶりにその日記を見つけた。
「そういやこんなの書いてたなぁ」と感慨深い気持ちにすらなった。
あの時の私は病んでいて、この黒い日記に書き殴ることで精神を保っていた。暫くして限界を迎え、少し休むことになり、今はこうして落ち着いている。
ここに至るまでは大変な道程だったが、今なら「いろいろあったなぁ」と、まるで他人事のように思うことができる。
もう大丈夫。日記は閉ざされ、二度と開かれることはない。
燃えるゴミの袋に投げ入れると、口をきゅっと絞めた。
『閉ざされた日記』
木枯らしが吹き始めた。
細く枯れ細った老いた木は、そろそろ自分の終わりを感じた。
それなりに生きて長くこの景色を見てきたし、満足していた。それと同時に、やはり寂しくも思った。
びゅうびゅうと風は容赦なく吹き付ける。
枝がもげ、宙に舞った。
その様子を見て、ああやって空を飛べるなら、いろんな景色を見られるのかもしれないと、少し慰めされたような気持ちになった。
風はいよいよ勢いを増し、木を根元から攫っていった。
『木枯らし』