「行こうか」
「それじゃあ出発ー!」
彼女と駅前で待ち合わせて、予定していた場所へと向かう。
今日は彼女に楽しんでもらいたくて、自分がデートの計画をした。
まずは、そこの人気のお店でモーニングを――
「休業」
何でだ。よりにもよって、今日休業なんだ。
たしかに不定休という情報は見たけど、何で、どうして。最初から連絡して聞いておけば良かった。ちゃんと予約を取れば良かったんだ。
「えーと……私別にどこのお店でも大丈夫だよ?」
そうして、彼女に引かれて別のお店に入る。
……出鼻を挫かれてしまった。
今日は自分が彼女を楽しませると決めていたのに。情けない。
「次はどこ行くの?」
そうだ。落ち込んでばかりいられない。次は――
「水族館です!」
近くの水族館までやって来た。
冬でもいろんなショーが見られるという。
「イルカショー始まるって。行こう」
「……いやぁ、冬って、寒いねぇ……」
屋外で水を使うショー。
思いのほか寒くて、震えながら館内へやって来た。
これなら、最初から寒いかもしれないって、防寒対策ちゃんとしてくるべきだった。いやそもそも、水族館じゃなくて別の施設へ行くべきだったんだ。
「行こう」
「え、ちょっと待って。まだ見てるよ」
彼女の腕を引いて、次の場所へ。
今度こそ失敗しない。
「映画を観よう」
場所を移動して、映画館へ。
「いいけど……どれ観るの?」
時間を確認しながら、丁度良さそうな映画を選択する。
チケットとポップコーンを購入し、座席へ向かった。
「疲れてるんだね」
…………彼女のデートの最中、映画を観ながら、思い切り寝てしまった……。
正直内容も微妙だったし、眠くもなるだろ、こんなの……。
彼女を楽しませたいのに、上手くいかない。空回りばかりしている。
どうしていつもこうなんだ。いつもしっかり者の彼女が手を引いてくれる。だからこそ、今度はこっちが手を引いてあげたかった。
「お疲れ様。寝ちゃったのって、今日のこと一生懸命考えてくれたからでしょ? クマが出来てるよ」
……彼女は何でもお見通しだ。
格好付けたくて、人気のスポットをいくつも調べたんだ。昨夜も考えて、緊張して、そして楽しみで、よく眠れなかった。
「別にどこでもいいのに。どこだって楽しいんだよ。君と一緒なら」
「……! 俺だって!」
俺だってそうだ。どこだって関係ない。君がいれば、どこだって天国だ。
「でしょ? そんな簡単なことに気付いてなかったの?」
笑いかけてくる君。いつもこうやって、大切なことを思い出させてくれる。
場所なんて些細なこと。君といる。それだけが大事なことなんだ。
「君と一緒なら」
君と一緒に、どこまでも行ける。
『君と一緒に』
空が青く澄んでいる。
刺すような冷たい空気が頬を撫でる。
吐き出した白い息が寒空へ上っていく。
気持ちの良い冬晴れ。
駅前で君を待つ。
少しして、改札から君が出てきた。
すぐさま私を見つけると、手を上げながらこちらに駆け寄ってくる。
「行こうか」
好きな場所へ、二人で。この空の下どこまでも。
『冬晴れ』
幸せとは何か。
書こうと思えば、悩み過ぎてわからなくなる。
お金を手に入れること? 好きな人と過ごすこと? 楽しいことをすること?
どれか一つに定めたとして、それをお話に落とし込もうとすると、なかなか良い文章が浮かんでこない。
もしかしたら、自分は本当の幸せを知らないのかもしれない。幸せなんて実は存在していないのかもしれない。
結局、幸せなんてものは意識しないと気付けない。そんなちっぽけなもの。たいしたことのない小さな出来事を、誰かよりはマシだとか、恵まれているとか、幸せだとか言い聞かせて生きている。
そんな自分がどうやってこの言葉を使って何かを書けるのか。
「おしるこできたよー」
そんな風に頭を抱えていたところ、母がおしるこを作って持ってきてくれた。お正月だ。
「やったー!」
年末についた餅を頬張る。
あー、幸せだー!
……ん? そうなのか。幸せとはおしるこだったようだ。
『幸せとは』
7:15前後。これが我が家から見える初日の出の時刻。
国立天文台が発表している時刻よりもずっと後だ。しかし、毎年見ているから知っている。山に囲まれているこの地域じゃ、予想時刻よりも遅い。
今年も二階へ上がり、初日の出と富士山が望める出窓に座り、外を眺める。
スマホのカメラをセットして、録画を始める。そしてたっぷり十分間。太陽が覗く前から登り切るまで、その様子を収めることができた。
そうしてようやく、今年を迎えた実感が湧いてくる。
さて、昨夜も遅くまで起きてたし――というか、今回はこの時間までほぼ寝ずにきちゃったし、しっかりと寝直しますか。
そして始まる寝正月……。
『日の出』
新年一発目の部活動。
漫画研究部の部員は部室に集まって会議をしていた。
「今日の会議のテーマは『今年の抱負』だ!」
部長が黒板の前に立ち、力強く言った。
「すごい。今日の会議はまともだね」
「おいおい。それじゃあ普段の活動がまともじゃないみたいじゃないか」
後輩の言葉に先輩がツッコむ。
(いやその通りなんだけど……)
漫画研究部なのに、普段の先輩達は漫画を読むだけだったり(研究していると言われてしまえばそれまでだが)、いちゃいちゃしたり(全員男である。ちなみに正確に言えばなぜか部長が先輩達に好かれ過ぎているだけである)、好きなタイミングで勝手に帰ってしまったりと、やりたい放題である。
いろいろ言いたいが、その言葉を飲み込み、後輩は部長に尋ねる。
「それで、部活の今年の抱負を決めるわけですね? たとえば、全員一作品は何かの賞に応募するとか!」
「そうだなぁ。まずは全体の抱負を決める前に、個人の抱負を聞きたい」
そう言うと、部長は先輩のうちの一人を指した。
「今年の抱負、何か考えてるか?」
「もちろん! 今年の抱負は、去年の倍は踏んでもらうこと!」
「はっ!?」
そう。部長は好かれ過ぎている。しかも、変な方向に。
この先輩が部長に踏まれるのも、恐ろしいことに見慣れた光景なのである。そして、その回数を増やしたいとドMっぷりを発揮しているのも見慣れたものなのである。
「そうか。じゃあ次の奴!」
「部長はそれでいいんですか!?」
今度こそ後輩がツッコんでしまうが、何事もなかったかのように会議は進んでいく。
「今年は部長に認知してもらいます!」
「間違いなくもう認知されてますよ!」
「いや誰だっけ?」
「あれだけ一緒にいてそんなことあります!? ていうか漫画のことは!?」
「部長!」
「部長!!」
そんないつもと変わらぬ感じで流れていき……。
「で、後輩の今年の抱負は?」
そう振られた彼は、こう返した。
「…………もういっそ部長と先輩達のことを漫画にして賞に出してやります!」
「おーっ!」と歓声が上がる。
そして、その漫画は無事に応募され、賞を取り、連載を取ったとか取ってないとか。
『今年の抱負』