道端に手袋が片方落ちている。
――なんでこんなところに?
ふと、考えてみる。
母に抱っこされた子供。嵌めていた手袋をもう片方の手で引っ張って脱いでしまう。
それを握ったまま手を振り上げたりしていたが、ふと手から取り落としてしまう。
母は気付かない。
そうして、手袋は道端に置き去りにされたまま。帰ってこない持ち主をここで待っているのだ。
――いや、絶対違うな。
だって、どう見てもこれは大人の男のサイズの手袋だ。
ならば、こういうことがあったとか?
年末。忘年会シーズン。
酔っ払った男は、持っていた鞄もちゃんと閉じず、そこから持ち歩いてた片方の手袋が落ちたことにも気付かず。
かわいそうに。手袋はそのまま気付かれずに置いていかれてしまった。
――めちゃくちゃありそう。むしろそれだろう。
でもそれじゃあロマンがない。
せっかくなので、もっとロマンチックな出来事を考えてみる。
年の瀬。カップルが北風吹きすさぶ道を歩く。
彼女の冷えた手を、彼がそっと自分のコートのポケットに招き入れた。
元々付けていた邪魔な手袋は反対側のポケットへ。
そのポケットから零れ落ち、道端に残していったことにも気付かない。彼には彼女しか見えていない。
手袋はそんな二人の後ろ姿を静かに見送った。
――よし、これだ。これでいこう。
これでいこうって何だ。全ては単なる想像だ。
真実は落ちているその手袋しか知らない。
『手ぶくろ』
変わらないものはない。
――というお題を元に物語を執筆していた。
なかなか良さそうな物語が書けた。ちゃんとした物語だ。
操作をミスした。
一瞬で書いたものが消えた。
これだからスマホは嫌いなんだ。パソコンならCtrl+Zで一つ手前の作業に戻せるのに。
泣きたい。
変わってしまった。物語が、一瞬で、白紙に。
変わらないものはない。
わかっているけど。そうじゃない。
こういうのは、時間が経ち、街並みが変わってしまったとか、人が変わってしまったとか、そういった物語の為にあるもので。
物語を白紙に変える為のものではなくて。
今、その実体験は、いらない……。
『変わらないものはない』
今時誰もやっていないだろう個人サイトをクリスマス仕様にして。
とりあえずせっかくのクリスマスだからと、お酒とチキン、ケーキを飲み食いして。
なんとなくクリスマスソングを流してみて。
見たい特別番組を見て。
サンタクロースを追跡して。
急に街が見たくなって、でもわざわざ人混みを出歩くのも大変だしと、窓を開けて冬の空気を感じて。
近所の家のイルミネーションが視界に入って。
みんながいろいろなクリスマスを過ごしているんだろうなぁ、と思いを馳せる。そんな少しだけ特別な日。
『クリスマスの過ごし方』
「クリスマスだー!」
いつもの面子で集まるクリスマスイブ。ここ数年、毎年恒例になっているイベントだ。
七面鳥にシャンメリー、もちろんケーキも用意してある。
高々とグラスを掲げる。「かんぱーい!」と弾んだ声、グラスのぶつかり合う音が部屋に響く。
部屋にクリスマスソングが流れる。それに合わせて歌い出す人がいる。
料理をつまみながら、一方ではゲームをやっている人もいる。
それなりの人数が集まっているから、各々好きなことを自由にやっている。それが許される空間なのだ。
大好きな人達と、こうやって集まって騒げることが幸せだと、みんな感じていた。
今年も楽しいイブの夜が更けていく。
『イブの夜』
この日の為に、君の好きなことをいっぱいリサーチしたんだ。
君の好きな食べ物、好きな本、好きな歌、好きなアイドル、好きな服、好きなアクセサリー、好きなブランド……。
いろんなものをたくさん調べて、そして、最高のプレゼントを用意した。
そして迎えたクリスマスイブ。
キラキラと輝くイルミネーション。街に流れるクリスマスソング。
たった一人立ち尽くす僕。誘ったはずの君。
手からは一生懸命用意したプレゼントが所在無げに揺れている。
今日は仕事なかったよね? 連絡がつかないのは、何か他のことが忙しいのかな?
一応既読はついてるから、事故に遭ったとかじゃないよね。それは安心だ。
……………………うん、忙しいんだ、よ、ね。
北風が心に沁みた。
『プレゼント』