柚子はあまり好きじゃないのに、帰ってきたところに彼がゆずはちみつ茶を出してくれた。
「……柚子、あまり得意じゃないんだけど」
特にこれといった理由があるわけではい。ただ、なんとなく苦手。
テーブルに乗ったお茶からは、湯気と、柑橘の独特な香りが漂ってくる。
「そうなの? まぁとりあえず飲んでみてよ」
それなりの時間一緒にいると思っていたのに、お互いにまだ知らないことは意外と多い。これもその一つ。
知らないからって責めるつもりはない。知らないことがあるのは当たり前だから。
でも、疲れていたから、ちょっとだけ文句を言いたくなってしまった。
「だから、得意じゃないんだってば。いらない」
それでもそんな私を怒ることはなく、彼は少し困ったように笑った。
「まぁまぁ騙されたと思って飲んでみてよ」
「騙されたくないんだけど」
そう言いながら、渋々とお茶を口にする。
「……美味しい」
「でしょ? 俺特製ゆずはちみつ茶! 結構飲みやすいでしょ。……最近疲れた顔してたから。疲労回復にいいんだよ、これ」
私は、飲む前から嫌だって文句ばっかり言ってしまったのに。
彼は嬉しそうに笑ってくれた。私の様子に気付いてくれて、私を思ってくれて、こんなものを作ってくれた。
立ち上がって、彼が自分の分のゆずはちみつ茶を持ってきたところを、ぎゅっと抱き締めた。
「ごめんね。ありがとう」
柚子の優しい香りが、辺りに広がっていた。
『ゆずの香り』
いわゆる絶景と呼ばれる地へやって来た。
たしかにそこは壮大な景色が広がっていて、なんだか泣きたくなるような気持ちに駆られた。
広がる空は青く大きく、ただただ雄大な自然がそこに存在しているだけ。
心が洗われていく。いいなぁ。この景色に、自分も溶け込んでしまいたい。
大空を見上げる。
そして、空を眺めたまま歩き出した。広がる景色に足を踏み出した。
なんとなく、今なら空を飛べる気がしていたんだ。
大きく広がる空が、更に広く近くなった。
『大空』
「はぁ~……最高」
クリスマスイブの夜。目の前では彼女が酔い潰れている。家飲みだからと、甘いワインを調子に乗って何杯も飲むからである。
でも幸せそうな顔をして横になっている姿を見ると、このワインにして良かったなという気持ちになる。
「そのままそこで寝たら風邪引くよ」
起こそうと彼女の肩を軽く揺らす。
「うぅん……」と小さく呟くと、彼女はこちらに向かって両手を広げた。「抱っこー」
子供か! でもかわいい!
彼女を優しく抱き上げ、寝室へ入り、ベッドの上にそっと置く。
「おやすみ。寝たらサンタが来るかもしれないよ」
「この歳で?」
「そうそう。サンタは良い子にしてた人のところに来るから」
「……欲しいもの、あるよ」
彼女がまたこちらに両手を広げた。
その肩の下に両手を滑り込ませ、ぎゅっと力強く抱き締めた。
隣の部屋のテーブルの上には、寝ている間に置いておこうと思っていた、小さな箱に入ったプレゼントが用意してある。
まぁ、それはまた明日渡せばいいか。
欲しいもの、サンタが連れてきてくれるといいな。
遠くからベルの音が聞こえた気がした。
『ベルの音』
寂しさを感じてあなたの名前を呼ぶ。返事はない。
どうして返事をしてくれない? 悲しくなって何度も呼ぶ。それでも返事は返ってこない。
寂しさは更に増す。どうして独りなんだ。あなたはどこへ行ってしまったの。
ところで、あなたって誰?
そもそもここにいるのは一人だった。
あまりにも誰にも会わず、寂しさで狂ってしまったようだ。
『寂しさ』
冬は一緒にこたつに入ってのんびりしたい。
僕はミカンを食べながらテレビを見て、君は気持ち良さそうにただ眠って。
そんなことが、幸せだよね。
「ねー?」
こたつの中を覗き込む。
君はこちらも向かずぱたぱたとしっぽで返事をした。
『冬は一緒に』