川柳えむ

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12/17/2023, 7:07:06 AM

 風邪を引いてしまった。
 元々季節の変わり目には弱い。風邪を引きやすいのはわかっていたのに、もっと体調管理に気を付けるべきだった。
 仕方なく家に引きこもってゆっくり休むことにする。あぁ、喉が痛い。鼻が辛い。息苦しい。頭がぼんやりする。
 ベッドに潜り、浅い眠りについていた。それを遠くから聞こえるチャイムの音に邪魔される。

 ピーンポーン……。

 ――待って。違うわこれ。遠くない。我が家のチャイムだ。

 ピーンポーン。

 ふらつきながら玄関を開ける。
 そこにはよく知る人物が立っていた。

「大丈夫ですか?」

 正直なところ、わざわざ誰かが自分を訪ねて来てくれるなんて思っていなかった。それなのに、そこには部活の後輩がいた。
 驚きながらも、ひとまず家に上がってもらうことにした。

「風邪を引いたって聞いて。とにかく起きてないで寝てください」
 ――いや、さっきまで寝てたんだけどね。あなたの鳴らしたチャイムに起こされたんだけど。
 とは思ったけど、弱っているからなのか、顔を見せてくれただけでも嬉しくて、それに何か言い返すこともせず再びベッドに潜りんだ。
「それにしても、びっくりしましたよ。馬鹿は風邪引かないって言うのに」
「おい、ちょっとひどいなー」
 笑いながら返す。
「大丈夫です。馬鹿は風邪引かないって言う話をしただけです」
「今この流れで言うってことはそういうことじゃん!?」
「あ、そうそう。これ」
「んで、急に話を逸らすし」
「ハイ」
 後輩が差し出してきた手にはフルーツゼリーが乗っていた。
「え?」
「お見舞いの品ですよ、ゼリーなら食べやすいかと思って。これでも心配してるんですから」
「……ありがとう」
 思わず素直に受け取る。
 だって、本当に思ってもいなかった。誰かがお見舞いに来てくれるなんて。こんな風に心配して、何かを用意してくれるなんて。
「やっぱり元気でいてくれないと……部活も物足りないですから」
 風邪は辛いのに。そう言ってくれるだけで、風邪引いて良かったかも。とか、ちょっと思ってしまう。
 ――ダメだね。心配掛けてるっていうのに。
 でもやっぱり、そう思ってくれて素直に嬉しいんだ。
「……そうだね。早く治して、またすぐに顔出すよ」
 あなたのその優しい想いが温かくて、風邪なんてすぐ治ってしまうんじゃないかって、そんなことを思った。


『風邪』

12/15/2023, 10:33:11 PM

 雪を待っている。
 冷たいけれど、キラキラしていて、世界を白く埋め尽くしてくれる雪を。

 ――だって、いくらなんでも12月だっていうのに暑過ぎない!?
 昨夜――12月15日の夜の都心の気温を知ってる? 20℃だって。12月の夜の気温じゃないよ。実際、夜に少し出歩いていたんだけど、まるで春のような温かさだったよ。
 温かいのは好き。
 でも、そうじゃない。今は冬だから。冬には冬の良さがある。
 外では雪が積もり、それを眺めてからこたつに潜って、夕飯の鍋を美味しく感じる。たくさんの行事も待っている。
 そんな時季が来たんだよ。って、告げてくれる雪を待っている。


『雪を待つ』

12/14/2023, 10:44:45 PM

 クリスマスもイルミネーションも僕には関係なくて、ただ冬の冷たい空気が吹き抜ける。いつもと代わり映えのない冬の一日だ。
 まぁでも嫌いじゃない。
 街には浮かれた人達がたくさん歩いてて楽しそうだし、関係ないはずのイルミネーションも視界の端には映り込んで一瞬楽しませてくれる。
 クリスマスも関係ないとは言ったものの、ケーキやチキンを食べる大々的な理由になる。それに、クリスマスはYouTubeも賑わって推しが特別な配信をしてくれたりもする。
 ……いや、ごめん。関係ないなんて言って。そんなことなかったよ。
 いつも通り仕事して――あ、今年のイブは日曜だっけ? じゃあ寝たりゲームしたりして――そして配信を楽しもう。イルミネーションも、まぁイブは引きこもるだろうから見ないけれども、見かけたらちょっとは楽しむよ。
 自分の好きを楽しもう。そこはいつも通りかな。


『イルミネーション』

12/13/2023, 11:08:51 AM

 たくさん与えた方が喜ぶかと思った。
 愛を注いで、愛を注いで、溢れるほどの愛を注いで。
 そして、あっという間に枯らした。
 与え過ぎはいけないらしい。
 ごめんなさい。次は気を付けるよ。
 今度こそはちゃんと長く生かそうと、新しい子をまた迎える。
 君は何代目になるっけ? まぁいいや。よろしくね。


『愛を注いで』

12/13/2023, 12:27:52 AM

 私には心がない。
 なぜなら、そういったチップが埋め込まれていないから。

「できた!」
 博士の最高傑作となるであろうアンドロイドがとうとう完成した。
「おめでとうございます」
 得意そうな顔をした博士に拍手を送る。
 最新型のそれには、旧型の私とは違い、高性能な感情チップが埋め込まれている。周りの人間の空気を読み、正確な感情を表現するようにできている。 
「おまえも、手伝ってくれてありがとう」
 博士が私の頭をぽんぽんと撫でる。
 ――博士が喜ぶと嬉しく感じるこの気持ちも、最新型に構うのを見て寂しく感じるこの気持ちも、私の心は存在しないはずの偽物だから。ならば、感情とは、心とは、一体どんなものだろうか。

 ある日、博士が倒れた。どう見ても働き過ぎだった。そして、そのまま還らぬ人となった。
 ――どうして。心配して何度も休むように言っていたのに。もっと強引に止めれば良かった。
 どれだけ後悔してももう遅い。博士はもういない。
 最新型のアンドロイドは、博士の「大丈夫」という言葉を信じてずっとサポートしていた。感情チップがある分、あの子はきっと私よりもずっと悲しいんでいる。
 二人だけになった家。様子を窺う為に、あの子に与えられた部屋を訪ねた。
「何でしょうか?」
 何事もなかったかのように、その子は言った。
「えっ……博士が亡くなって、大丈夫かと心配で……」
「私達が動作する為のバッテリーはあと数十年交換する必要はありません。現在まだ電気も通っているので、充電も問題ありません。しかし人間がいなくなり、私達がここに存在する意味がなくなってしまいました。今後の行動を早急に考える必要があります」
「そういうことじゃなくて――悲しくないの?」
「現在、人間はいません。悲しむ必要はありません」
 博士が亡くなった時、この子はそれは悲しそうに泣いていた。私には泣く機能もないから、ただ淡々と、必要な手続きをこなすことしかできなかった。悲しく思う気持ちを押し込めて。
 ――泣けるのなら。私も思いきり泣きたかった。逝かないでと叫びたかった。今でも、博士のことを考えると、自然と出もしないはずの涙が零れそうになる。

 ねぇ、博士。あなたの望んだ感情チップは、アンドロイドは、このようなものでしたか?
 私に存在しない『心』を持つはずのアンドロイド。本当にこれは『心』だったんですか? それならば、私に芽生えたこの感情のような物は、一体何ですか? この子の人前で感情を表現できる『心』と、私のこの胸の奥に感じる『心』。一体どちらが本当の『心』でしょうか?


『心と心』

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