熱を感じる。そんなわけがない。
「どうした? 顔赤くないか?」
顔を覗き込んで訊いてくる。
そんなわけがない。熱はないし、顔も赤くない。
そう返そうとした瞬間、世界が回った。
「微熱だな」
医者の不養生とはこのこと。
町医者をやっている私が倒れてしまうなんて。しかも、よりにもよって気付けば腐れ縁になっている奴に助けてもらうなんて。
「そんなわけありません」
起き上がろうとするが、無理矢理布団に寝かされる。
「いいから寝てろ。普段は俺にいろいろ言うくせに、自分に対してはどうしてそう適当なんだ」
「医者ですから、いろいろ言いますよ」
「医者ならそれこそ寝て早く治せ」
そう言って、いつもと違った様子で優しく覗き込んでくるから、調子が狂う。
なんとも言えない、よくわからない複雑な気持ちになる。だからと言って、どう文句を言えばいいのかもわからず、私は布団を深く被った。
彼は安心したような表情を浮かべると、立ち上がった。
気付けば、私は手を伸ばし、彼の服の裾を掴んでいた。
驚いた顔をして彼が振り返る。私自身も驚いている。
「どうした? 何か食べ物でも持ってこようかと思ったんだが」
「それなら早く取ってきてください」
ぱっと裾から手を離す。
彼が笑った。
「食欲ありそうで良かった。すぐ戻ってくるから」
そう言って、頭をぽんぽんと撫でてくる。その手を払う。
「レディーの頭に気安く触らないでください」
「いつもの調子が戻ってきたようだな」
優しく笑うと今度こそ部屋を出て行った。
私はさっきよりも深く頭から布団を被った。
熱を感じる。そんなわけがない。
もし微熱だと言うなら、これ以上は上がらないようにしないと。
そんなことを考えながら、ふわふわとした感覚のまま眠りについた。
『微熱』
お前達は太陽の下でその光を浴びて恩恵を受けている。
もう随分と昔の話だ。お前達は知らないだろうが、太陽の中ではたくさんの人々が豊かに生活していたんだ。
熱くないのかって? 表面の話だろう、それは。明る過ぎないかって? そうでもない。どんな様子だったのか、実際に見せてやりたいものだ。
あの向こう側に、太陽の光や熱、そういったものの恩恵を直接受けて、我々は豊かに暮らしていた。幸せな星だった。
それなのに。
今や太陽の中で暮らすことはなくなってしまった。そう、お前達地球人のせいだ。
地球人よ、覚えていないのか? あの出来事を。あれから太陽人がどうなってしまったのかを。昔のことだからと、我々が忘れていると思うのか?
こんな太陽の下でなく、また太陽の中で暮らしたい。太陽の下で何も知らずぬくぬくと恩恵を受けているお前達が憎い。こんな今を作り出したお前達を恨んでいる。我々はお前達を許さない。
『太陽の下で』
セーターを着た。……暑い。
わかっている。天気予報を見なかった俺が悪い。
でもまさか、この季節に20℃を超えるなんて誰が思うだろうか?
たしかに朝起きた時、いつもよりなんかあったかいな、とは思った。しかし、いくらなんでも上がり過ぎでは? 一応もうすぐ12月なんだが。
失敗したなぁ。明日は気を付けよう。
……で、なんで今日は寒いの?
まるで夏と冬を反復横跳びしているようだ。
今日こそセーターを着れば良かった。そう頭を抱えても寒さは変わらない。仕方ないからコート買うかぁ。しかし、いきなり変わり過ぎでは?
失敗したなぁ。明日は、明日こそは気を付けよう。
『セーター』
落ちた。
深い深い穴へ、転げて落ちていった。
僕は何の為に生まれてきたのだろうか。僕は、僕の生きる意味を見つけたかった。少なくとも、きっとこの今の状況に陥る為ではなかった。そんな、考えてもどうしようもないことを考えてしまう。
そうやって、永遠とも思えるような長い闇の中を落ちていく。
どうしようもないことはわかっている。でも、本当はこんなところで諦めたくない……。
深くて暗い底まで落ちた。
……そう、これ以上下なんてなかった。
視界が開けた。
そこには、思っていたよりも綺麗な世界が広がっていた。
穴の中では綺麗な歌声が響いている。
ふと見上げると、僕が落ちてきた穴から、僕を落とした張本人が落ちてきた。
そいつも、この状況を見て驚いていた。
「ねずみ!?」
そこはねずみの世界だった。
「おじいさん、おむすびをありがとう」
ねずみはおむすびである僕を捕まえた。そして、僕はちゃんとねずみに食べてもらえた。安心した。
僕を落とした張本人のおじいさんは、僕をねずみに与えたお礼に、なんか小槌を貰っていた。
それ、1番体を張った僕が貰うべきでは? まぁもう食べられしまっているし、僕自身の役目は全うできたからいいんだけど。
僕はわかった。
諦めたらそこで試合(?)終了だ。どんなに闇に落ちようと、その先には素敵な未来が待ち受けていることもあるんだと。
僕は役目を果たせて。ねずみは僕を美味しいって言って食べて。なんかおじいさんも幸せになったみたいだし。
めでたしめでたし。
『落ちていく』
たぶん僕らは、ずっと昔から、こうやって二人一緒だったんだと思うよ。
僕らが産まれる前、きっと前世とか、もしかしたらそれよりもっと昔から。そんな気がするんだ。
前はどんな関係だったのかな? 親子とか、双子とか?
でも、この人生、他人として産まれて良かったって心から思ってる。
だからこそ、今、こうやって一緒にいられる。
これからもよろしくね。僕の一番大切な人。
『夫婦』