川柳えむ

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 熱を感じる。そんなわけがない。
「どうした? 顔赤くないか?」
 顔を覗き込んで訊いてくる。
 そんなわけがない。熱はないし、顔も赤くない。
 そう返そうとした瞬間、世界が回った。

「微熱だな」
 医者の不養生とはこのこと。
 町医者をやっている私が倒れてしまうなんて。しかも、よりにもよって気付けば腐れ縁になっている奴に助けてもらうなんて。
「そんなわけありません」
 起き上がろうとするが、無理矢理布団に寝かされる。
「いいから寝てろ。普段は俺にいろいろ言うくせに、自分に対してはどうしてそう適当なんだ」
「医者ですから、いろいろ言いますよ」
「医者ならそれこそ寝て早く治せ」
 そう言って、いつもと違った様子で優しく覗き込んでくるから、調子が狂う。
 なんとも言えない、よくわからない複雑な気持ちになる。だからと言って、どう文句を言えばいいのかもわからず、私は布団を深く被った。
 彼は安心したような表情を浮かべると、立ち上がった。
 気付けば、私は手を伸ばし、彼の服の裾を掴んでいた。
 驚いた顔をして彼が振り返る。私自身も驚いている。
「どうした? 何か食べ物でも持ってこようかと思ったんだが」
「それなら早く取ってきてください」
 ぱっと裾から手を離す。
 彼が笑った。
「食欲ありそうで良かった。すぐ戻ってくるから」
 そう言って、頭をぽんぽんと撫でてくる。その手を払う。
「レディーの頭に気安く触らないでください」
「いつもの調子が戻ってきたようだな」
 優しく笑うと今度こそ部屋を出て行った。
 私はさっきよりも深く頭から布団を被った。
 熱を感じる。そんなわけがない。
 もし微熱だと言うなら、これ以上は上がらないようにしないと。
 そんなことを考えながら、ふわふわとした感覚のまま眠りについた。


『微熱』

11/26/2023, 11:25:19 PM