にえ

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5/2/2025, 2:07:09 PM

お題『sweet memories』
タイトル『良い夢見てね』

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まとめは
カクヨムかnote
『わんわんとさっちゃん』にて

***

 何もかも忘れたい旅行中。
 今回はお義母さんはお留守番になった。お義母さんが言うには、
「長距離移動がしんどい」。
 私もいつかそうなる日が来るかもしれないなぁ……と思いつつ今は目の前の旅行に集中したい。

 一緒のベッドで寝ている皐月が、「コハナちゃん……」と呟いた。
「ん……さつき?」
 話しかけたけど、ムニャムニャ言っていて寝言であることを知る。
「あのね、さっちゃん、コハナちゃんのことがだあいすき。だから、ずっといっしょにいようね」
 う……うぅ……ん、皐月は夢の中でもコハナちゃん一筋だ……それが少し羨ましい。
「コハナちゃん、だめだよ、くすぐったい」
 ふふっ……くすくす笑いながら身を捩っている。どうやら夢の中で顔でも舐められているらしい。
 むにゃ……今のうちにいっぱい思い出を作ってほしいな…………ふわ……ぁ、おやすみなさい……。

5/1/2025, 12:09:12 PM

お題『風と』
タイトル『ささやかな結婚式』

 今日は皐月、4歳のお誕生日。
 朝からご馳走の準備で大忙し。とはいえ、ゴールデンウィーク真っ最中なのでお祝いの準備もめちゃくちゃ捗る。
 お義母さんは朝からお菓子を作っている。その傍らで、皐月が頑張って苦手を克服しつつあるピーマンを大量に刻んでいた。
「……七海さん、そのピーマン、どうするの?」
 ケーキの土台を型から外してケーキクーラーに並べたお義母さんが不思議そうに聞いてくる。
「皐月、最近は刻んだピーマンが何かに混ざってたら食べられるようになったので、ハンバーグのタネに仕込もうかなって。それに、これだと犬用のハンバーグにも入れられるから、コハナちゃんも食べられますし」
 そう。今日のお客様はコハナちゃんと白石さん。長男の昌隆くんは就職先の研修に、次男の真二くんは大学の研究にと、それぞれ忙しくて来られないと聞いている。
 代わりにふたりから預かっているものがあるので、後のお楽しみに。
 ちなみにふたりからは白石さんの好物も聞けたので、昨夜からそれも仕込んでいる。それ——豚の角煮の具合も見ておかなきゃ。
 そうそう。今日の主役を、ゴールデンウィークだから帰宅している浩介さんが美容院に連れて行ってくれている。浩介さんのセンスを疑うわけではないけど、一応予防線を張って、あらかじめ『こうしてあげてください』という画像を美容院の店長には送ってある。
 さーて。角煮ヨシ! ハンバーグのタネができたから、あとは成形しておいて焼くだけにしておいて。それから……あ、そうそう。部屋も飾りつけなくちゃ!!

 そうこうしているうちに11時。
「ただいまー!」という声も軽やかに、我が家のプリンセスが帰ってきた。
「さっちゃんよかったね! この巻き髪、お姫様みたいでかわいい。よく似合ってるじゃないの」
「えへへー。おかあさん、ありがとう」
「それじゃあ……さーて、お着替えしないとね」
 皐月に手洗いうがいをさせて寝室へ連れて行き、主役にしか許されていない白いドレスに着替えさせてあげることにした。
 お顔にも軽くお化粧もして……よし、完成!
 そのタイミングでチャイムが鳴った。浩介さんが対応しているらしい。だけどどうしていいのか戸惑っているのか、
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
などという、はたから聞いたら全然大丈夫ではなさそうなことをした声が聞こえてきた。
 ああ、あとで白石さんに謝っておこう。

 パーティーは皐月がケーキの蝋燭を吹き消すところから始まった。
 ハッピーバースデーの歌の最後で、ひと息では難しかったらしい。ふた息、そして最後に残った1本をコハナちゃんが手伝ってくれて何とか消すことができた。
 拍手に見守られている様を浩介さんはカメラマンとして何枚もシャッターを切っていたのに、突然泣き始めた。
「どうしたの、浩介?」
 お義母さんが声をかければ「だって」とベソをかく。
「皐月がこんなにおおきくなって……お父さんは嬉しい……」
 うっかりそれにつられて泣きそうになった。だけど今日はそんな暇ないの。
 私は鼻をスンと一回だけすすり、
「はいはい、浩介さん。カメラマンとしてしっかりお願いね。
 お義母さん、私は料理の仕上げをしてきます。
 白石さんとコハナちゃんはゆっくり寛いでくださいませ」
 私がキッチンに向かうと、皐月が白石さんとコハナちゃんに絵本の読み聞かせを始めたのが聞こえる。
 その絵本、皐月の天敵・ピーマンが出てくるやつだったのに。
 ページを捲るタイミングでコナツの、ワンッ、という合いの手が入っているのが可笑しい。

「はーい、お食事できましたよー!」
 テーブルに料理を並べていく。
 海老とアボカドのサラダ、コーンポタージュ、玉ねぎ不使用・ピーマン入りハンバーグ、豚の角煮、バゲット……。
「白石さん、パンと白ごはんどちらがいいですか?」
 角煮にバケットは合うかどうかでいえば微妙な気がした。
「選んでいいんですか?」
「いいですよ。どちらもご用意してますから」
「それじゃあお言葉に甘えます。ごはんで」
 白石さん、もっと遠慮なく言ってくださればいいのに。

 浩介さんが音頭を取って「いただきます!」の挨拶をして早々だったけれど、私はみんなの箸を遮った。
「待って! 少しだけ待って!!」
 すかさず私はお散歩リーダーたちから預かったものを取り出した。
「七海、それは……カーテン……?」
 などと言っている浩介さんは置いておこう。
「なんて素敵なのかしら! 私、さっちゃんに着せてあげたい!」
「それじゃあ私はコハナちゃんに……おっ、よく似合ってる!」
 それはヴェールだった。
 花嫁さんが使うやつのミニマム版。ふたりとも本当によく似合う。あと、カーテンなんて言った浩介さんには後でお説教しないと。
「結婚式っていったら、やっぱりこれですよ!」
 私が皐月に渡したのは、犬用ハンバーグ。
「ファースト・バイトのお時間でーす!!」
 イェーイ! と盛り上がったのは私とお義母さんとコナツ。主役と主賓とメンズはぽかんとしている。
「結婚式……って。七海、今日は皐月のお誕生日だろ?」
「いいじゃないの、浩介さん。せっかくヴェールもあることだし、もう結婚式で」
 すると、白石さんが「ふっ、ふふっ」と控えめに笑いだした。
「いやー、今日はいい日だ。姫のお誕生日をお祝いできるだけじゃなくて、うちの娘との結婚式もしていただけるだなんて」
 このとき、誰も白石さんがとんでもない爆弾を持っていることなど知る由もなかった。

 宴もたけなわ。しかし遅くなりすぎてもよくないからと言う白石さんたちを見送りに出た。
 それは皐月がコハナちゃんに「ばいばーい」と言っているときのことだった。
「七海さん、今日は良くしていただいてありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。来ていただいてありがとうございました」
『それと、いらしたときにうちの旦那が粗相をしたみたいですみません』を続けようとして、気づいた。
 サングラスの向こうにある白石さんの眦から、光るものが滴ってきた。私はその美しさに気を取られて、大事なことを聞き逃してしまう。
「——え?」
 白石さんの言葉は、とっくに風とともにどこかに消えてしまっていた。

 いや、あまりにもショックすぎて、私の脳みそが受け取りを拒否したのかもしれない。
 それを玄関先に置いたまま、私はこのゴールデンウィークの家族旅行へと飛び立って行った。


***

過去ログはこちらに。
【カクヨム】or【note】
『わんわんとさっちゃん』

4/30/2025, 10:27:29 AM

お題『軌跡』
タイトル『あしあと』

 皐月のアルバムを整理していると、興味津々の皐月とコナツがやって来た。
「おかあさん、なにしてるのー?」
「これはね、さっちゃんがこんなに大きくなりました! という記念……記録……いや、足跡みたいなものね」
 あしあと、と聞いた皐月は写真と自分の足の裏を見比べ、首を捻っている。
 こういう天然でしか出せないボケもかわいいけど、今しか見れないかと思うとさみしくもある。だから今のうちに堪能しておかねば。
 そういえば皐月も大きくなったよなぁ……コハナちゃんと出会った頃はまだおしゃべりもカタコトだったのに、気がついたら口が達者になっている。
 浩介さんは出張から帰ってくるたびに皐月の成長に驚いていて、背が伸びただの少し重くなっただのと、それを大袈裟だと思っていた。でも、こうしてアルバムを眺めていると成長の早さに驚く(それにしてもさすがに『もう嫁に行った? まだ? あぁ、よかった……』は大袈裟だと思ってる)。
 そんなことを思いながら写真を並べていて、ある重大なことに気がついた。
「あ! さっちゃんのマイスイートとの写真がない!」
 いつも一緒にいるから気づかなかったけど、コハナちゃんとの写真が一枚もない。
「白石さんにお願いして、一緒にコハナちゃんとお写真を撮らせてもらおう!」
「うん!」

 そして翌日、白石さんのご快諾のもとスマホのカメラとデジイチでたくさんの写真を撮った。それはそれはもう、こん限り。
 出会った時をイメージして、盲導犬としてのお仕事中のコハナちゃんとさっちゃん、オフモードのふたり。おさんぽリーダーたちも一緒に。公園で戯れる皐月とコハナちゃんとコナツ……。
 白石さんは、
「見ることができるなら、さっちゃんとコハナのウエディングドレス姿を拝みたかった」
と言って寂しそうに笑った。
 皐月はウエディングドレスと聞き目を輝かせて、
「コハナちゃんもいっしょにおひめさまドレスをきれるの?」
とテンション爆上がり。
「それじゃあコナツはお義母さんと私と3人で列席しよっか」
 コナツの、きゅ〜ん? といういかにも『ワタシ、ワカラナイノデスガ?』風な鳴き声に私も白石さんたちと一緒になって笑ったけれど……白石さんの寂しげな笑顔が引っかかって、何か胸にざわめくものが住み着いた。
 そんな気がした。

4/29/2025, 10:30:56 AM

お題『好きになれない、嫌いになれない』

 皐月は今日も不戦敗を喫していた。
 負けた相手、その名も……【ピーマン】!
 味がダメなのはさることながら、クレヨンも緑色だけ減りが悪いし、どんなに楽しい絵本でもこいつが出てくるだけでもうそれ以上読まなくなる。
 私は子供の頃からピーマンが大好きだったから生でもモリモリ食べていたんだけどなぁ。
「さっちゃんは七海さんに似て美人さんなのに、ピーマン嫌いだけは浩介に似たのねぇ」
 皐月のお皿の上にある肉詰めからピーマンを抜き取りながら言ったお義母さん。元凶はあなたの息子さんでしたか……。
「ピーマンが嫌いでも、他の食べ物から栄養を補えればいいですからねー」
 私は気にしていないかのように相槌を打っておいた。

 ある買い物日和でのこと。
「皐月がねー、ピーマンが嫌いで仕方ないんですよ」
 何の文脈だったか。
 スーパーからの帰り道に、鍼灸院の仕事から帰ってきた白石さんと軽く世間話をしていてポロリとこぼしてしまった。皐月は自分の重大機密を、よりにもよって白石さんの盲導犬にして最愛のコハナちゃんの前で漏らされ、すごく不服そうに私を睨みつけてくる。
 しかし白石さんはそのことなど全く分からないので、サングラスの奥の目元に笑みを浮かべて軽く爆弾発言を落としてきた。
「コハナはピーマンが大好きですから、さっちゃんと結婚したら喧嘩になるかもしれませんね」
 意外すぎる話に、皐月と顔を見合わせた。
「え!? でも、コハナちゃんは犬ですよ?」
「それが不思議なんですよ。息子たちが食べていると吸い寄せられるらしくて」

 以来、皐月は毎日ピーマンをねだってきては負け戦を繰り広げている。
 頑張れ皐月、負けるな皐月、明日はチンジャオロースーだ!

4/28/2025, 11:27:33 AM

お題『夜が明けた。』

「おかあさん、おかあさん、おしっこ出ちゃった」
 明け方、その一言で目が覚めた。
「あー、久しぶりにおねしょしちゃったかー。とりあえずパンツを穿き替えようかー」
 こういうときは怒っても仕方がない。
 怒ってシーツがきれいになればいい。
 怒って皐月のパンツがきれいになればいい。
 怒って朝気持ちよく起きれてトーストがカリッとふわっと美味しく焼けて、淹れたコーヒーの苦味と酸味のバランスが取れるのであればいい。
 であれば、いくらでも怒る。
 しかし現実にそんなことは起こらない。
 そして、怒れば自分の心がさらにささくれていく。そのときは一瞬スカッとするかもしれないけれど、自分が発してしまった言葉に後悔が付きまとう。

 初めて皐月のことを怒ったのも、おねしょだった。まだ言葉があやふやだった頃の皐月に、盛大に、それはもうお義母さんが起きてくるくらいの大声で怒ってしまった。
「な、七海さん、どうかした? って、浩介は何で寝てられるの!?」
「……ぅ、う〜ん……? ななみ? 母さん?」
「お義母さんは黙ってて! ねぇさっちゃん! この前オムツ外れたわよね? なんでおねしょしたの? なんで起こしてくれなかったの? なんで? ねえ、なんで?」
 皐月に詰め寄る私を制したのはお義母さんだった。
「七海さん。ココアでも淹れて温まってきなさい。その間にさっちゃんのお世話を済ませておくから」
「でも!」
「……頭を冷やしてきなさい、と言ってるの。いいわね」
 いつもは優しいお義母さんの、後にも先にも見ない恐い一面だった。

 真夜中のリビングは夏も間近だというのに寒々しくて、手のひらの中にあるマグカップの湯気も闇にかき消されてしまう。
 ふと、廊下から光が漏れてきた。
「あらあら、電気くらいつけないと」
 入ってきたのは、おねしょの後始末をしてくれたお義母さんだった。
「おねしょくらいで取り乱してたら、この先ずーっと心がささくれ立ってささくれ立って、いずれ擦り切れてしまう」
 キッチンでココアを淹れているお義母さんの口調はもう冷たくなくなっていた。
「……でも……皐月、何を言っても分かってくれなくて……」
「何を、って?」
「ごはんもふざけて食べてくれない。お片付けも中途半端にしたまま他のおもちゃで遊んじゃう。これでおねしょまでされたら、私、我慢できない……!」
 お義母さんは「仕方ないわ」と柔らかく微笑んでみせる。
「ごはんを食べてくれなくて損をしているのは誰? お片付けをしてくれなくて損をしているのは誰? おねしょをして損をしているのは誰?」
「それは、すべて皐月のために」
「本当に?」
 私の向かいにではなく、隣に座ったお義母さんは話を続けた。
「後始末をしなければいけない自分のために、怒ってないかしら」
 あまりにも図星な指摘に、絶句した。
「教育上叱らないといけないときはきちんと叱らないといけない。でもね、怒りに身を任せていたらキリがないじゃない?
 怒って明日のトーストが美味しくなるなら、私もいくらでもキレ散らかすわ」
 私がお義母さんの前で、初めて涙を見せた夜でもあった。

「いいいいいやあああああ!!」
 おねしょの片付けがさっぱりした頃、お義母さんの叫び声が聞こえてきた。
 何事かと思いお義母さんの部屋に向かうと、お義母さんはコナツにキレ散らかしていた。
「なんで! あなたは! おねしょを! したのかしら!?」
 しかし、怒られているはずのコナツは『ワタシ、ナニモシテイナイヨ?』と言わんばかりにキョトンとしている。
「まあまあまあ、お義母さん! お片付けは私がしておきますから、だからお義母さんはココアでも」
「……はぁ。頭でも冷やしてくるわ」
 リビングに向かうお義母さん。その後ろをくっついて歩くコナツ。

 2回目の大洗濯をしていたら、夜が明けた。
 ——今日のトースト、美味しく焼けれるかしら?——

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