お題『星のかけら』
その夜の空はは流れ星がザアザアと降ってきた。
俺はその星々に強く祈る。
お願いします、どうか、どうか主様が無事でありますように。主様の赤ちゃんが無事でありますように。
その当の主様は、出産真っ只中だった。
俺と旦那様は星々に、ただただ祈りを捧げていた。
お願いします、前の主様のように連れて行かないでください——
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
どのくらい祈っただろうか。元気な産声が上がった。
主様の部屋から出てきたルカスさんは旦那様と執事たちに、
「母子共に健やか。かわいい女の子だよ」
前の主様のときには予断も許さない状況だった。今回は無事とのことを知り、俺は膝から崩れ落ちたのだった。
あぁ、聞かれましたか? ***様。あなたのお子様はご無事ですよ。安心してください。
『それはフェネスがいてくれたからよ。ありがとう、愛しの人』
聞くことのないはずの声を、俺には聞こえてきた気がした。
お題『良いお年を』
(いつものはお休み)
今年一年、書いたモノタチへの♡をたくさんいただきましてありがとうございました。
来年も、たくさん書いてたくさん読めるといいな、と思っています。
どうか皆様も良いお年をお迎えくださいませ。
お題『手ぶくろ』
みるみるうちに主様のお腹は大きくなった。適度な運動を……ということで、最近では旦那様とお散歩に出ることが多くなった。何か不測の事大が起こってはいけないので俺も着いて回ることも多いのだけれど、本当に夫婦仲が良好。
今更言っても仕方のないことなのだろうけど、前の主様はこういうことに本当は憧れていたのではないだろうか。勘違い甚だしいとは思うけれど、もしも前の主様が本当にそういったことを望んでいたとして、俺なんかを心の隙間を埋める存在だと認めてくれていたのなら、俺は少しでも役に立てていたのかもしれない。ifでしかない話だけれど、もしそうだったとしたら嬉しいな。
それから更に時は流れ、臨月間近となった主様はコンサバトリーでフルーレに習って編み物をしていた。何でも赤ちゃんが自分の顔を引っ掻いて傷をつけてしまわないように手ぶくろを作っているらしい。
旦那様はラムリと一緒に街まで買い出しに行っていて不在。そして、フルーレが別用で少し席を立った時だった。
主様は俺に向かってちょいちょいと手招きしたかと思うと、俺の腕を掴んだ。
驚く間もなく俺の手のひらをご自分のお腹に当てる。すると、ポコポコという動きが伝わってきた。
「今日はとびきりゴキゲンらしくて、ずっとこの調子。きっと私に似てヤンチャな子だと思う。それでも、私たち親子をよろしくね、フェネス。……フェネス?」
主様の言葉に、俺はみっともなく泣き崩れた。
それは、前の主様を思い起こすには充分すぎたのだ。
かつて、前の主様はコンサバトリーでフルーレに習って赤ちゃん用靴下を編みながら、フルーレが席を外したときに同じようなことを俺に言ったじゃないか。
結局俺の抱いていた前の主様への恋心は叶うことはなかった。なのに俺の胸の中ではまだその片思いが沸々と湧き立っていることを、まざまざと思い知ったのであった。
お題『プレゼント』
カリステの聖堂で挙式を終えてから数ヶ月後のこと。
「ご懐妊ですね」
主様夫妻にそう告げたルカスさんは、おめでとうございます、と付け加えた。
「あらあら、赤ちゃん。よろしくね」
そうお腹に話しかけている主様と、旦那様——かつてパイ屋で働いていた青年——はニコニコと微笑みあっている。
「フェネス、何で泣いてるの?」
「だって、桜の木に登って降りられなくなったあの主様が、お母さんになるだなんて、俺、胸がいっぱいです」
「やだ! それは忘れてってば!!」
このなごやかな光景は、この屋敷への、そして俺へのプレゼントなのかもしれない。
お題『ゆずの香り』
「今夜は東の大地風に、湯船に柚子を浮かべてみました」
ベッドに三角座りをして本を読んでいた主様の顔がパッと俺の方に向いた。
「冬至って昨日じゃなかった?」
昨日の夕飯はかぼちゃのポタージュにパンプキンパイだった。
そう。
昨日の夕飯のパンプキンパイには騒動があった。
パイ屋で働いている主様の婚約者となった青年は、大きなパンプキンパイをふたつも抱えてやってきて、パイをロノに渡すと温め直して食べて欲しい旨を伝えた。
出迎えた主様が、青年の頭や肩に降り積もっている雪を甲斐甲斐しく、嬉しそうに払い落としていく。青年もまたその歓迎を嬉しそうに受け入れながら、なのに何かを言いたげに手袋を外した左手の人差し指でポリポリと頬を掻いた。
いつもならここで軽くハグを交わすところだけれど、青年は目を泳がせると突然主様に頭を下げた。
「ごめん!***、仕事をクビになった!」
「……え?」
青年は足元に視線を落とすと震える声を絞り出す。
「店長の奴、悪魔執事に理解があるって言ってたくせに……俺が悪魔執事の女主と結婚するって言ったら、それだけはやめてくれって、ぐすっ、言うことが聞けないなら辞めて出ていけって」
それはあからさまな悪魔執事への差別だった。けれど、その矛先が一般市民に向くとは……。
「ねぇ、だったら一緒にここで暮らさない?」
実は主様が婚約してから、屋敷はこの話で持ちきりだった。
主様はこの屋敷にも天使狩りにも必要な存在だ。青年とふたりきりで街で暮らしていると天使の急襲に俺たち執事も、そして主様も対応できない。それに、知能天使が主様を狙ったりしたら一大事なんてものでは済まない。
『あーあ、主様の婚約者さんも、ここに住んでくれたらいいのに』
そうしょぼくれたムーの言ったことが、今、脚光を浴びようとしていた。
「両親のことは弟妹たちに頼むから大丈夫ですが、本当に俺はここのお世話になってもいいんですか?」
彼のその疑問にベリアンさんは、
「執事たちの間で少し話し合い……というか調整が必要になるとは思いますが、きっと上手くいきますよ」
とやさしく微笑んだ。
青年が帰った後、ベリアンさんは寂しそうに、
「理解することと受け入れること。このふたつはまったく違うものだということは何度も経験してきましたが……酷ですね」
そう呟いた。
「あ、そうです! フェネスくん、柚子はまだありますか?」
ベリアンさんはいいことを思いついたとばかりに俺に声をかけたのだけど、俺は些末だけど大事なことを思い出す。
「あっ……! 今夜は柚子風呂にするつもりで柚子を買ってきたのに、すっかり忘れていました……」
「ふふっ、まあいいではありませんか。今夜は柚子紅茶で温まりましょう。柚子は逃げませんから、柚子風呂は明日にしませんか?」
そういった経緯もあって、今夜もこの屋敷では冬至なのだった。
(俺の失敗をさりげなくカバーしてくださるなんて……うぅ、ベリアンさんにはやっぱり敵わないな)