にえ

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お題『手ぶくろ』

 みるみるうちに主様のお腹は大きくなった。適度な運動を……ということで、最近では旦那様とお散歩に出ることが多くなった。何か不測の事大が起こってはいけないので俺も着いて回ることも多いのだけれど、本当に夫婦仲が良好。
 今更言っても仕方のないことなのだろうけど、前の主様はこういうことに本当は憧れていたのではないだろうか。勘違い甚だしいとは思うけれど、もしも前の主様が本当にそういったことを望んでいたとして、俺なんかを心の隙間を埋める存在だと認めてくれていたのなら、俺は少しでも役に立てていたのかもしれない。ifでしかない話だけれど、もしそうだったとしたら嬉しいな。

 それから更に時は流れ、臨月間近となった主様はコンサバトリーでフルーレに習って編み物をしていた。何でも赤ちゃんが自分の顔を引っ掻いて傷をつけてしまわないように手ぶくろを作っているらしい。
 旦那様はラムリと一緒に街まで買い出しに行っていて不在。そして、フルーレが別用で少し席を立った時だった。
 主様は俺に向かってちょいちょいと手招きしたかと思うと、俺の腕を掴んだ。
 驚く間もなく俺の手のひらをご自分のお腹に当てる。すると、ポコポコという動きが伝わってきた。
「今日はとびきりゴキゲンらしくて、ずっとこの調子。きっと私に似てヤンチャな子だと思う。それでも、私たち親子をよろしくね、フェネス。……フェネス?」
 主様の言葉に、俺はみっともなく泣き崩れた。
 それは、前の主様を思い起こすには充分すぎたのだ。
 かつて、前の主様はコンサバトリーでフルーレに習って赤ちゃん用靴下を編みながら、フルーレが席を外したときに同じようなことを俺に言ったじゃないか。
 結局俺の抱いていた前の主様への恋心は叶うことはなかった。なのに俺の胸の中ではまだその片思いが沸々と湧き立っていることを、まざまざと思い知ったのであった。

12/27/2024, 12:37:58 PM