お題『愛を注いで』
ある日、再び主様が執事たちを食堂に集めた。
主様の口から、真剣交際をしている人がいる、と聞かされた執事たち。おとなしく『ふたりの幸せを願っているよ』などと言うわけがなかった。
騙されているのではないですか? とか、きっと騙されているに違いない、とか、さらには今のうちに芽を刈り取っておこうなどといった過激な発言をする若い執事もいる。
「いや、俺はその青年を知ってるけど、そんな人じゃないから! あと手はかけないで!!」
俺の言葉に、若い執事たちは目を丸くした。
「だって、主様はフェネスさんのこと好きだっていってたじゃないですか?」
ロノの言葉を受けた主様は、
「フェネスにはきちんと振られた」
と言って俺の方を見て微笑んだが、執事たちの視線が一斉に俺を刺す。
「それで、その人に目が向いたの。ミヤジのお墨付きだから大丈夫よ」
すると執事たちの視線は一斉にミヤジさんに向いた。
「私の勉強会に来ていた子でね、昔からとてもしっかり者だったな。もしかしたら主様に興味があるのかな、とは思っていたけれど……実現させたと知って驚いているよ」
ミヤジさんが認めた相手と聞いた執事たちの溜飲はとりあえず下がったらしい。しかし今度は、結婚式をどうするかの話になる。
ボスキは会場デザインは任せろと言うし、アモンはブーケの選定を始める。ロノとバスティンは料理とケーキをどうするかと相談をし、フルーレはというと、
「一生に一度の晴れ舞台ですから、俺が綺麗に仕立てますね」
と今にも生地屋に向かいそうな勢いだ。
「みんな待って!」
主様が大慌てでストップをかけた。
「まだプロポーズすらされていないんだから!」
それを聞いたラトが、
「真剣交際ではなかったのですか?」
と言って首をこてんと倒した。
「も、もちろん真剣よ。あっちも、私も」
ふむ、と口元に手を当てて少し考えてから、一番物騒なことを言い出す。
「どのくらい真剣なのか、私が測ってあげますよ」
「そのサービスはやめてー! お願いだからナイフをしまって!!」
すると、ラトに触発されたハウレスが息巻きだした。
「俺より強い男でないと!!」
「伝説の剣士に勝てる男なんてまず居ないわよ!!」
他にアイデアが出てはツッコむ主様を眺めながら、事情を知っている、あるいは理解のある執事たちは目を合わせて苦笑いをこぼした。
でもこの騒ぎこそが、いかに主様が愛情をたっぷりと注がれてきたのかの証拠でもであると——俺は少しだけ涙ぐんだ。
12/11 お題『何でもないフリ』
主様が大事な話があるというので執事たちは全員食堂に集められた。
みんな何事かとざわめいていたけれど、主様がやってきて静寂が訪れた。
主様は全員を見渡すと、めずらしく緊張しているのか、ピンクの小花柄の白いスカートを両手で握りしめた。
「あのね、」
口を開いたけれど、はくはくと開いたり閉じたりするだけで言葉にならないようだ。
その様子を見て、俺は例の青年とのことだな、と勘づいてしまった。
おそらくここにいる執事たちもあらかた気づいているのかもしれない。そのくらいふたりの関係はオープンで、彼も何度か屋敷にパイを持って遊びにきていた。
「えっとね、」
主様の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
うーん、どうしよう……。
するとルカスさんが一歩前に出た。
「主様、具合が悪そうなのでお話はまた次の機会にしませんか?」
そう言うと、さっと主様を横抱きにした。
「ベリアン、カモミールティーを淹れてくれるかな? アモンくんも今が一番見頃な花を採ってきて」
テキパキと指示を出したルカスさんは、腕の中の主様に向かって微笑みかけた。
何でもないフリをできるルカスさんはやはり大人なんだ……それに比べて俺は何もできていないな……。
運ばれていく主様を見送って、ルカスさんと俺とを比べて、また凹んでしまうのだった。
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12/10 お題『仲間』
画廊で手を繋いでいたふたりを見てしまったことを、俺は独りで静かに寂しく思っていた。
主様から想いを寄せられて俺は満更でもなかったのかもしれないし、そんなすぐにすぐは恋人と出会って紹介されるとも思ってなかったのかもしれない。しかしいざその場面に直面してみると、思いのほかダメージを受けている。
それでも、これでよかったのだと思う。
俺の想い人は後にも先にも、前の主様ただひとりなのだから。
2階の執事室の小さな椅子に身体を押し込んで膝を抱えていたけれど、『これでよかった』と思ったら少しは心も軽くなった気がする。立ち上がって身体をうーん! と伸ばしたところでドアがノックされた。
ドアの隙間から見えてきたのはベリアンさんとラムリ、フルーレの3人。
「どう……したのですか?」
新鮮な組み合わせに驚いているとラムリが身を乗り出してきた。
「眼鏡くんを元気づけに来たんだよ!」
「あ! ちょっと、ラムリさん!?」
フルーレが慌てているとその背後でベリアンさんが「あらあら」と苦笑っている。
「まぁ……概ねラムリくんの言っている通りなのですが。
もしよかったらお茶でもしませんか? ひとりでいるよりも、気持ちを誰かと共有することでスッキリできることもありますから」
ベリアンさんからの申し出に、
「実はついさっき割り切れたところなんです。あ、でもみんなとお茶は飲みたいです!」
俺はめずらしく素直に返事をした。
「それではみんなでティーパーティーをしましよう!」
「そうですね。ロノのスウィーツも、バスティンのケークサレも、他にもいろいろありますよ!」
それらは俺を励ますために用意されたものだと、さすがの俺も気がついた。
「ありがとう、みんな……」
「お礼はいいんですよ。私たちはみんな仲間、いや【家族】なのですから」
家族。その言葉に胸が温かくなるのを感じながら俺は引きこもっていた2階の執事室を後にした。
お題『手を繋いで』
今日は主様の夢だった、自筆絵画の展示会初日。会場は悪魔執事に友好的な人物の所有する画廊だ。
主様は画廊のオーナーに挨拶をすると、絵の一点一点を説明して回っていた。中には主様の絵画生活の原点である、2歳頃の元気な赤マルを描いたものもある。『Dear my Butler』と名づけられたそれは、俺が大事に保管していたもの。主様は最初それを展示することを恥ずかしがっていたけれど、展示会の幕が開くとその絵が来る人くる人大絶賛で、
「あのー、私、最近の絵も相当頑張っているのですがー」
と言って苦笑いをしていた。
「***、盛況だな」
主様が画廊のオーナーと別れてから、しばらくは来場者たちとの談笑していたその隙間を縫って、件のパイ屋の青年がやってきた。
「あら!? 来てくれたのね」
「絶対行くって言っただろ? ほら、これ」
そう言って彼は花束を差し出した。
「ささやかだけど、夢を叶えたお祝い」
「ありがとう! それじゃあ、えぇと……」
主様は俺を見上げてきたので、笑顔を貼り付けて手を差し出した。
「お花、お預かりしますね。大事な方に作品の説明をして差し上げてください」
ありがとう、と言った主様はごく自然な動作で彼と手を繋ぐ。それは未だ子離れの傷口が塞がらない俺にとっては、心をチクリと針を刺された気分になるには十分だった。
ついでに言うと、彼にも『Dear my Butler』は大好評だった。
お題『ありがとう、ごめんね』
早かれ遅かれこういう日が来るとは思っていた——思っていたけれどいくらなんでも早過ぎやしないか?
ここはエスポワールのパイ屋。主様が久しぶりに俺と一緒に出かけたいと言ってくださり、あのキノコパイが美味しい店に行こうと誘われ、着いて行った先にその人物はいた。
「***、それにフェネスさんも。いらっしゃいませ」
彼はかつてのミヤジさんの教え子で、主様に絡んでは俺にそっと引き剥がされるということを繰り返していた、かつての少年。
その少年は今や立派な青年となり、このパイ屋で働いているようだった。
「ご注文は?」
伝票を手に持った青年に主様は、
「キノコパイのランチセットをふたつ」
と慣れた口ぶりで注文をした。
「かしこまりました。焼き立てをお持ちいたしますので少々お待ちください」
彼が店の奥に入っていくのを小さく手を振りながら送った主様を目の前に、俺は立ち尽くした。
「フェネス、どうしたの? 難しい顔してる」
「え、いや! あの……少年が立派に成長したことに驚いただけです」
そう言いながらも、俺は腹の奥で面白くなく感じている。
「あのね、」
主様は至極真面目な顔で俺を見上げてきた。
その表情にとても嫌な予感がして、
「楽しみです、主様が美味しいと言われていたキノコパイ」
先回りして主様の言葉を封じた。
「お待たせいたしました。キノコパイのランチセットです」
主様の目の前には湯気の立つキノコパイとパンプキンスープ。同じものが主様の正面にもセッティングされている。
「フェネス、あなたと一緒に食べたくて着いてきてもらったの。お願いだから腰を下ろして」
だというのに俺は、
「俺は主様の執事です。一緒に食事をすることはできません」
意地を張って、目を逸らした。青年は椅子を引いてくれて俺の着席を促してくる。その立派な成長度合いと比べて、俺自身がこの数年で何か誇れることがひとつでもできたかと言うと何もない。そのことに思い至って俺は盛大に凹んだ。
「あのね、フェネス」
主様は何か言いたげに俺に声をかけてきた。俺がサッと目を伏せると青年がガバッと頭を下げた。
「俺、***のこと、本気で大事にしたいと思っています。お願いです、俺たちのことを認めてください!!」
意外だった。主様とこの青年との関係を俺が認める? 執事である俺が?
「認めるも何も、俺は見守るのが仕事だから……うーん……」
こういうとき、ハウレスだったらビシッと決められるんだろうな。『俺より強い奴じゃないと認めない』とか。でも俺はそんなに強くないしな……。
どうしていいのか戸惑いながらも、やさしい自分を演じたい俺は、つい。
「応援してるよ」
口元を綻ばせて祝福の言葉を告げていた。
「ホントに!? ありがとう、フェネス!!」
「ありがとうございます、フェネスさん!!」
不思議なことにお礼を言ってくるふたりを眺めながら、俺の頭の片隅には『仕方がないよな』という言葉があった。
帰りの馬車の中で主様がこう言われた。
「ありがとう……それと、サプライズしてごめんね」
俺は溜め息をひとつ、ついた。
「サプライズよりも何よりも、いつの間にか素敵な関係を築いていることに驚きました。主様、おめでとうございます」
お題『部屋の片隅で』
えーっと。
今日は『悪魔執事と黒い猫』という、日常管理アプリにしてシナリオを読んでいくゲームの二次創作である『主様とご一緒シリーズ』をお休みします。
ちなみにいつの間にかぬるっと完結させていた、フェネスと幼少期の主様を書いた『あるじさまといっしょ!シリーズ』は昨年の夏に無事本にできました!(ここで拍手)
『主様とご一緒シリーズ』では、少女というにはお姉さんな年齢となってから以降の主様と、悪魔と契約しているがゆえに年を取らないフェネスとの関係を書いていけたらいいな……と思いつつ、インターネットという広大な部屋の片隅で、人差し指一本を相棒に綴っています。
とは言え、このご一緒シリーズは来年の5月にまた本にしたいので、あまり悠長なことは言っていられません(汗)。年明けに上司の気まぐれ5連休があるので、そこで追い上げたいです。
これからもお題をお借りし、ノウミソを絞ってふたりの関係性を、ネットと自室の片隅で書いていきます。お付き合いいただける方はどうぞよろしくお願いします。