お題『神様だけが知っている』
前の主様がまだご存命だったときの話。
俺は主様に想いを寄せていた。
主様が屋敷にやってきたときには既に身重だったけれど、シングルマザーになることを決意されていたので【俺なんかにでもできることがあれば、そのときは全力でお護りしよう】と俺は思っていた。
——実は俺の一目惚れだった。もしかしたら運命の人かもしれないと思っていたし、主様の相手の男のことはもうどうでもよくなっていた。そのくらい主様にのめり込んでいた。
でも、俺は主様に想いを告げることは結局一度もなかった。
俺は怖かったから。もし、
『フェネスのことは16人いる執事の中の一人にしか思えないの。ごめんね』
などと言われたら立ち直れないと怖気づいたんだ。
300年以上生きてきて、初めての恋は主様が亡くなったことで終わってしまった。
そのことは確かに後悔したけれど、今の主様をお育てするのに必死で、いつの間にかそれも思い出のひとつになりつつあった。
なのに、どうして今の主様は前の主様に似ていくのだろう? 俺は試されているのか?
今の主様も、いずれは俺を残して先に逝ってしまうかもしれないというのに……近い将来また俺は再び恋をするのかな。
もしこの世界に神様と呼ばれる存在が居るのだとしたら、この複雑な俺の心の中は神様だけが知っていればいいんだ。
お題『この道の先に』
寝かせます(※8/6の新刊は脱稿できました)
お題『日差し』
※8月の新刊の締め切り(7月18日)まで寝かせます。
お題『窓越しに見えるのは』
※今回のお題、少し寝かせます
お題『赤い色』
これは、主様がまだ6歳だった時の話。
「ねえ、フェネス」
主様用のティーカップを磨き上げていると、それまでソファに寝転がって静かに絵本を読んでいた主様がふいに俺を呼んだ。
「なんでしょうか、主様?」
俺が返事をすれば主様は起き上がってちょこんと座り、隣の空いた座面をぽふぽふ叩いている。座ってほしいときの仕草だ。
俺が望まれるがままに主様の隣に座ると、主様は俺に絵本を突きつけてこうおっしゃった。
「よくわかんない」
それは東の大地の絵本で、赤い糸を巻き取ると人々が抱える苦しみや悲しみが聴こえてくる……という話だ。絵柄が幼児向けでかわいいのだけれど、内容は哲学的で、大人にももしかしたら難しいかもしれない。
それなのに俺が主様にこの本を選んだ理由は、主様自身が感じている理不尽を、もしかしたら自力で解消していただけるきっかけぐらいにはなるかもしれない……そう思ったからだった。
「そうですね。とても難しいお話だと思います。ここに書かれていることを分かりやすくお話いたします。
主様は先日、なぜ自分にはお父様やお母様がいないのかとおっしゃっていましたよね?」
こくんと頷いたのを見届けてから話を続ける。
「それを俺に聞いてきたとき、悲しいと泣いていらっしゃいました。俺は幼い頃に両親に捨てられてしまったので、その悲しみはよく分かります。
これはそういった、主様や俺の力ではどうにもできなかった願いが叶うようなお話です」
俺の話を聞いていた主様は、みるみるうちに目に涙を浮かべた。
「あかいいとをまけば、おとうさんとおかあさんにあえるの?」
「……そうですね、もしそのような糸があれば、主様はお父様とお母様に会えるかもしれません。ですが……その代わりに俺や他の執事たちと一緒に暮らせなくなります。主様はこの屋敷でみんなと暮らすのはお嫌ですか?」
言いながら、俺は自分の卑怯さを呪った。俺だって幼い頃になかなか受け入れられなかったことを主様に突きつけて、しかも俺を、俺たちを選ばせようとしているのだ。
案の定、主様は首を横に振った。
「フェネスたちとバイバイしたくない」
主様の目元に浮かんだ涙をハンカチで拭きながら、俺は主様を抱きしめた。