にえ

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お題『神様だけが知っている』

 前の主様がまだご存命だったときの話。
 俺は主様に想いを寄せていた。
 主様が屋敷にやってきたときには既に身重だったけれど、シングルマザーになることを決意されていたので【俺なんかにでもできることがあれば、そのときは全力でお護りしよう】と俺は思っていた。
 ——実は俺の一目惚れだった。もしかしたら運命の人かもしれないと思っていたし、主様の相手の男のことはもうどうでもよくなっていた。そのくらい主様にのめり込んでいた。

 でも、俺は主様に想いを告げることは結局一度もなかった。
 俺は怖かったから。もし、
『フェネスのことは16人いる執事の中の一人にしか思えないの。ごめんね』
などと言われたら立ち直れないと怖気づいたんだ。

 300年以上生きてきて、初めての恋は主様が亡くなったことで終わってしまった。

 そのことは確かに後悔したけれど、今の主様をお育てするのに必死で、いつの間にかそれも思い出のひとつになりつつあった。
 なのに、どうして今の主様は前の主様に似ていくのだろう? 俺は試されているのか?
 今の主様も、いずれは俺を残して先に逝ってしまうかもしれないというのに……近い将来また俺は再び恋をするのかな。

 もしこの世界に神様と呼ばれる存在が居るのだとしたら、この複雑な俺の心の中は神様だけが知っていればいいんだ。

7/4/2023, 1:50:27 PM