お題『一年前』
【初めてエッセイもどき(というよりも設定)を書きます】
私が普段書いている執事の『フェネス』、そして彼の仲間の執事たちというのは、アプリゲーム《悪魔執事と黒い猫(通称「あくねこ」)》の登場人物です。私は約一年前にこのゲームと出会い、以来せっせと二次創作に励んでいます。
その前には別のゲームで、やはり二次創作活動をしていました。
7月9日に出す新刊をもって通算十五冊の同人誌を出すに至り、昨日までその校正作業に追われていました。我ながらよくやるなぁ……といったところです。
あくねこの世界において、主様は「こちら(現実)の世界」と執事たちのいる「あちらの世界」を、金の指輪を外したり嵌めたりすることで行ったり来たりができます(これが前の主様)。
今の主様の設定について。前の主様がシングルマザーになる覚悟を決めた折に指輪を手に入れ「あちらの世界」に行き、そこで今の主様を産み、産後すぐに亡くなった後の世界線です。
なので今の主様は指輪を持っていませんし「こちらの世界」に戸籍を持っていません。彼女は「あちらの世界」しか知りません。
前の主様がやって来たとき、執事のフェネス・オズワルドは彼女に片想いをしている体で話を書いています。
そして日に日に前の主様に似ていく今の主様に対して、複雑な想いを抱いて悶える様を書いているのですが……伝わっているでしょうか? 伝わっているといいなぁ……。
この『幼女主シリーズ』を一番最初に書いたときには6歳くらいの設定だった主様ですが、今では9歳です。いずれ思春期を迎えるであろう彼女が親代わりのフェネスに対してどういう想いを抱くのか、書くのが楽しみです(これについては8月の新刊に書き下ろす予定で今のところ進んでいます)。
もしご興味がおありでしたら、ネットの海から私を見つけてみてください。
ちなみに7月9日発行の新刊は『鏡の国に行ったフェネスの話』と『目が見えない主様が本を作る』の二本立てになっています。
お題『好きな本』
主様も俺も、雨の日は書庫で過ごすことが多い。
読み書きをすらすらできるようになった主様に俺の手助けはほとんど不要で、それは嬉しい成長であると同時に寂しくもある。
「ねぇ、フェネス」
ルークの冒険譚に目を落としていた俺は、主様に呼ばれて顔を上げた。
「何でしょうか、主様」
「この絵なんだけど、もしゃじゃなくて本物を見てみたいの」
広げて見せてくださったのは、先日街の本屋で買ってきた画集だった。エスポワールの美術館に収蔵されている、牧歌的な山々を描いた絵画に感銘を受けたらしい。主様の瞳はきらきらと輝いている。
「俺なんかでいいのですか!? ……いえ、それでしたら、今度、ナックと一緒に出かけられてはいかがでしょうか?」
美術に造詣のあるナックであれば、俺なんかと行くよりも、もっと主様を楽しませることができるだろう。
しかし俺の言葉に主様の顔が曇る。
「初めてのびじゅつかんは、フェネスといっしょがいい」
「……え」
俺は思わずきょとんとしてしまった。
「フェネスのにぶちん! もう知らない!」
主様は顔を真っ赤にして、本を開いたまま書庫を出て行ってしまった。
主様と入れ違いで、ボスキがやってきた。
「はぁ……お前なぁ。
主様、言ってたぞ。フェネスと行った本屋デートが楽しかった、って。しかも聞いたのは俺だけじゃねぇ。多分お前以外全員聞かされてるな」
ボスキは俺の肩を叩いて意味深にニッと笑った。
「ほら追っかけな、この色男」
「ありがとう、ボスキ。行ってくる」
主様が大事そうにいつも抱えていた画集にそんな意味があったとは思わなかった。主様との外出が嬉しくて楽しかったのは俺だけじゃなかったんだ。
俺はその本を手に取ると、主様の部屋へと急いだ。
お題『あいまいな空』
天気予報が嘘をついた。
夕方から降り出す予報だった雨が、午後からぽつりぽつりと。
梅雨に入ってからというもの、毎日毎日曖昧な空模様。
今日の主様のお召し物は、衣装担当のフルーレが仕立てたアジサイモチーフのワンピース。主様はカラフルなそれを着て、庭に出たいとおっしゃられたので俺がエスコートさせていただいた。しかしその途端に雨が降り出してしまったのだ。
それでも楽しそうにはしゃいでいた主様だったけれど、風邪をひいてしまっては大変なので、すぐさま引き返してお風呂のご用意をする。
オレンジスイートのアロマバスにした。湯加減も大丈夫。
「主様、お風呂のご支度ができました。ゆっくり浸かって温まってくださいませ」
バスタオルを頭からすっぽり被って居室のソファで足をぶらぶらさせていた主様は、パッと顔を明るくさせると、俺にとんでもないことを言い出した。
「久しぶりにフェネスもいっしょに入ろう!」
もうすぐ十歳になろうとしている女性と入浴するのは、俺の方が居た堪れなくなる。
「いえ……俺は外に控えていますので……」
「それじゃ他の……そうだ、ハウレ」
えっ! いや、ハウレスは。
「もっとだめです!!」
これは独占欲なんかじゃなくて、俺の父性、俺の父性……そう自分に言い聞かせながら主様を浴室に押し込んだ。
主様、お願いです。今時分の空模様のような曖昧な言動で、俺の心を試さないでください。
お題『あじさい』
レインコートを着た主様と庭に降りた。アモンが丹精したアジサイが小雨の中、色とりどりに庭を飾っている。
「ねぇ、フェネス。ここの地面はさん性なのかな?」
この前化学の本を読んでいらっしゃったな、そういえば。
「そうです。それではあの赤いアジサイが植っているところはどうでしょう?」
少しだけ考えて「アルカリ性!」と元気よく答えた。
「むらさきだと中性なのよね」
「さすが主様です。そして主様のように可愛らしいです」
照れたように笑っている主様に
「アジサイの花言葉はご存知ですか?」
と尋ねてみた。
「ええっと……『うつり気』でしょ、それから『うわ気』でしょ……」
言いながらしょんぼりと凹んでいく。
「……あんまりいい意味、ない……フェネスの意地悪……」
「ち、違いますよ。花言葉は他にもあって『七変化』や『元気な女性』という意味もあります。ね? まるで主様みたいですね」
元気な女性と言われて満更でもないらしく、身体をくねらせて照れている。主様は本当に可愛らしい。
「そろそろ屋敷の中に入ってお茶の時間にしませんか? このまま雨の中にいて風邪でもひいたら大変です」
「うん!」
ニッコニコに笑う主様の前歯は乳歯が抜けていて、これはこれでまた可愛らしいと思う。
我ながら主様に首ったけだな。そう思いながら鮮やかな庭を後にした。
お題『好き嫌い』
主様が九歳になったある日、ミヤジさんが街の子どもたちを集めて開いている勉強会に参加された。
意気揚々と出かけた主様だったけれど、屋敷に帰ってきたときにはすっかり萎れていてそのまま寝室へと消えていった。一緒に帰ってきたミヤジさんが肩を竦める。
「子どもたちの中でも一際優秀な子がいてね。自分がその子に比べて劣っていると感じたらしい」
話を聞いて思い当たることがあった。
主様は語学はお好きだけれど算数は苦手……というか、嫌いらしい。
屋敷の中で育ってきて、今まで自分と誰かとを勉強という分野で比べることなどなく生きてきた。けれどとうとう避けて通れない場面に出会った、といったところか。
「九歳の壁というやつですね」
「ああ、そうだね。主様にとってはこれもひとついい経験になったのではないかな」
ミヤジさんはそう言って苦笑いを浮かべた。
必要な社会勉強だったかもしれないけど、少し心配だ。俺はせめて夕食に好きなものをご用意して差し上げたくて、夕食の支度でいい匂いの立ち込めるキッチンへ向かった。