にえ

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お題『好き嫌い』

 主様が九歳になったある日、ミヤジさんが街の子どもたちを集めて開いている勉強会に参加された。
 意気揚々と出かけた主様だったけれど、屋敷に帰ってきたときにはすっかり萎れていてそのまま寝室へと消えていった。一緒に帰ってきたミヤジさんが肩を竦める。
「子どもたちの中でも一際優秀な子がいてね。自分がその子に比べて劣っていると感じたらしい」
 話を聞いて思い当たることがあった。
 主様は語学はお好きだけれど算数は苦手……というか、嫌いらしい。
 屋敷の中で育ってきて、今まで自分と誰かとを勉強という分野で比べることなどなく生きてきた。けれどとうとう避けて通れない場面に出会った、といったところか。
「九歳の壁というやつですね」
「ああ、そうだね。主様にとってはこれもひとついい経験になったのではないかな」
 ミヤジさんはそう言って苦笑いを浮かべた。
 必要な社会勉強だったかもしれないけど、少し心配だ。俺はせめて夕食に好きなものをご用意して差し上げたくて、夕食の支度でいい匂いの立ち込めるキッチンへ向かった。

6/12/2023, 10:21:57 AM