ビルの屋上で男が黄昏れていた。少し疲れた顔をして、夜景を眺めていると。
「どうしたんだい、疲れた顔をして。悩みがあるなら、このアロハのおっさんに話してみな」
ボサボサ髪のアロハシャツを着たおっさんが隣に立っていた。どう見ても不審者だったが、疲れていたのか、気づいたら悩みを打ち明けていた。
突然の友人からの電話が始まりだった。話したい事があるらしく、駅の近くにある居酒屋に集合していた。話の内容は、未来に漠然と不安があり、その為、お金を徹底して節約した生活を送っていたらしい。それが、原因で恋人とすれ違いを起こし喧嘩別れしたそうだ。最後には、もう死にたいと節々に言っていた。
「未来に不安?それが理由で恋人とすれ違いを起こして挙句の果てにはもう死にたい?この世界には、生きたくても生きられない人がいるのに、そんなことで、簡単に死を望むなんて、冗談じゃない」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。これでも飲んで」
過去を思い出して、怒りに拳を握りしめていると、アロハのおっさんは、飄々した顔で缶コーヒーを投げる。
「あッ、アロハのおっさん、いきなり缶コーヒーを投げるなよ」
「言いたいことは、わかるけど。でもね、死にたいと思う事自体を否定しちゃいけないよ」
アロハのおっさんは、今までとは違い真剣な顔をして、言葉を続ける。
「人間、誰しも理想と現実のすれ違いを起こして、それが苦しくなると逃げ場所を求めるものさ。死を望む事もそいつにとって、こころを守る為に必要なことだったりするのさ。一番、いけないのは、死を思う事が悪い事だと思う事だよ。唯一の逃げ場所すら、なくなるわけだからね。だからね、死を思う事を肯定した上でお前さんの思いを伝えたらいいよ」
話し終えたのと同時にアロハのおっさんは、「では、アロハー」と別れの挨拶したのち、暗闇に戻っていった。
人間、誰しも悩みや不安がある。そんな曇りのない秋晴れのような一日を過ごしてみたいものだ。
ー何でも忘れられる男ー
忘れたくても忘れられない記憶?何もないよ。何故かって?私にはある特殊能力があるからね。忘れたい記憶を忘れる能力がね。
例えば、好きな子に告白して振られるとか、仕事でミスをして上司に怒られるとか、大切な人が亡くなるとか、ありとあらゆる、忘れたいと思った、嫌な記憶を忘れられるのさ。だから、私は、ハッピーで良い思い出しか頭にないんだ。羨ましいだろ。
皆も使いたいだろうからやり方だげ教えて上げる。最初にノートを開いた状態で用意するんだ。次に頭の中で忘れたい記憶を思い浮かべたら、開いたノートの右ページ目を見ながら忘れたい記憶を写つイメージをする。そうしたら、手で右ページにある紙を破いて、丸めて捨てると忘れることか出来るのさ。お陰で、ゴミ箱が溢れるばかりに捨てた紙だらけさ。
ちなみに私は、誰だっけ?
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
全身から血が吹きだし、呼吸もうまく出来ない。意識が朦朧としながら、直前の記憶を思い出す。
○○学校には、ある噂があった。夜中の0時に音楽室の入り口で手を二回叩いてから、入ると聖人になれると言う噂が。この話を聞いた時は、正直、意味が分からなかった。何故、音楽室なのか?手を叩く意味も分からない。一番分からないのは、聖人になるとは?
好奇心旺盛のタイプだったので、実際やってみようと思い、男は、夜中に家を出て学校に忍び込んだ。音楽室前に行くと薄暗く、ぼんやりと扉が立っていた。自前の腕時計を見て、0時になったのを確認し、手を2回叩いてから音楽室に入ると、特に変わった所はなく、いつもの風景だった。噂は、噂だと思い、引き返そうとした時、ぶっすと何かが刺さる音がした。その瞬間、ぷしゅーと全身から血が噴き出した。この時、男は死期を悟る。男は柔らかい光に包まれて穏やかな気持ちになって、死んだ。
大昔に罪人を悪の血を洗い流す意味で周りの処刑人が、槍を突き刺す刑があったそうだ。血を流した、罪人は清廉潔白になり、聖人に生まれ変わると信じられていた。それが行われていたのがあの音楽室である。
悩みがあります。隣の家がブルドッグを飼われているのですが、横を通る為に睨まれて怖いのです。こっちも鋭い眼差しを向けて、威嚇するのですが効果がありません。これは、特訓するしかありません。毎日、睨む練習をしました。風邪を引いて体調を崩しても、睨む練習をやめませんでした。あれから、三ヶ月経ったある日、近所のおじいさんに怖い顔をしてどうしたんだと言われました。僕は、練習の成果を確信しました。いざ、隣の家のブルドッグに挑戦です。怖い顔で、こちらを睨むブルドッグに対抗して、出来る限りの鋭い眼差しを向けました。互いに、睨み合っていると、後から声を掛けられました。「犬の木彫りを見つめてどうしたんだい」とおばあちゃんが不思議そうな顔して言ました。僕は赤面しました。どうやら、毎日、恐れていた憎き犬はただの木彫りだったようだ。