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6/7/2023, 8:14:47 PM

 「もしも世界が終わるとしたら、最後に何がしたい?」
 「大丈夫だよ、世界が終わる前にきっと僕達は寿命でこの世に居ないから」


 そんな会話をしたのは、いつだったか。
今、まだ100歳の半分すら見えていない僕達の目の前で世界は終わろうとしている。
きっかけはなんだったか。
感染病だったような気がするし、災害だったような気がする。 どこかの国達の戦争だった気もするし、そんなものはなかったかもしれない。
昔見たアニメみたいな、ゲームの設定みたいな、そんな感じで世界は簡単に終わろうとしている。

 地球にはいられない、と、昔見つけられた『人類が住める惑星』に旅立つロケット達が昨日旅立った。
僕達は、学力も運も足りなくて、きっと迎えは来ない。
大人達は嘘を吐かない。 誤魔化すだけだ。
「向こうの惑星で準備を整え地球にロケットを送り、残された方々も必ず──」だなんてニュースが何回か流れているけど。
きっと、その『準備』には100年近くかけられるんだろう。 ギリギリまで引き伸ばして、僕達が死んだ頃にロケットを送って、『ザンネンながら』って言うに違いない。


「ねえ」

部屋で眠る彼は返事をしない。
僕達の両親はロケットに乗らされた。 直前まで『便が分かれるだけでその日の内に出発します』って言われていたからみんなは悪くない。
問題は、第二便が出発してからロケットが足りないから向こうから送り返すとか言い出した事。
捨てられたんだ、と思うのは仕方ないよね。

「空が綺麗だよ」

空の色はなんだか少し異様で、宇宙が見えているようなマーブル模様がある。
すごく綺麗で、体には悪そう。

「せっかく2人きりなんだ、散歩でもしない?」

返事は帰ってこない。
2人きりでもない。
人口の半分は取り残されて、暴動が既に起きている。
文句を言おうにもお偉いさん達はみんなもう宇宙にいて、言う相手はいない。
 でも。 それでも、僕は。
世界の終わりに、君とこうして生きていられてすごく幸せだ。
本音を言えば話したいし、目覚める君を見たいし、散歩だってしたい。
価格破壊が起きて無料でなんでも買えるようになったって言うスーパーにも行ってみたい。
外は比較的危険になったけど、君と2人ならどうにでもなる気がするから。
だから。

「ねえ、起きてよ……」

4/23/2023, 1:51:47 AM

 たとえ『間違いだった』としても、この旅を中断することは絶対にしない。
そう心に誓って、早数ヶ月。
旅というものにはトラブルが当然のようについてくる。 博士は、そのトラブルに慣れているようだった。

「助手くん見たまえ、熱気球だぞ」と、ひび割れた地面を見ることなく歩く。
「上なんか見てられないです」と半ば怒りながら返せば、「ワタシに出来るんだからキミにできないわけがないだろう」とケラケラと笑った。

 博士は、僕の尊厳の恩人だ。 生まれた場所で暮らすのにあまりにも向いていなかった僕を、博士は法律やらなんやらを全てさらっとクリアして救い出してくれた。
大きな地鳴りがして、また足元が割れていく。 今は僕の足でまたげる程の亀裂でも、数日も経てば底の無い闇に変わる事は知っている。

「知っているかい、ここに熱気球が多い理由」
「『家』ですよね」
「正解! ……と、言いたいところだけど」

違うのか、と風になびく白衣の裾を見つめた。 顔を見る余裕なんかとっくになくて、それでも視界に入れないと少し不安だったから。
ガイドブックに書いてない真実がある事は知ってるけど、それなら来た直後に見えた大量の熱気球は一体なんなんだろうか。

「アレに住民達が乗っているのは間違いないよ」
「でもね、助手くん」
「世間はそんなに優しくないし、正直でもないんだ」

 博士はひょいひょいと亀裂を踏まないように避けながら、事も無げに僕に言葉を伝えてくる。
これは長くなるぞ、と僕は期待を込めて耳を研ぎ澄ませる。

「アレはシェルターだよ」
「シェルター? ……地面が割れるからですか」
「んん、まあそれもあるけど……」

口篭るのは珍しい。 少し思い切って歩を早め、僕は博士の隣に立った。

「政府が騙したのさ、彼らをね。 政府といっても僕らの住む国じゃない、この、亀裂だらけの国の方だけど」
「彼らは『永続的可能な燃料』で浮かされた熱気球に乗っている。 気球とは言うけどあれはもうれっきとした船だ、本物の『熱気球』だらけの国はまた別にあってだね──」
「博士、話逸れてます」
「……まあ、また今度連れてくけど。 ここの熱気球の動力はこの地面だからね。 さらに観光名所として付近の国は爆儲け」

 うげ、と声を出しかけた。 博士は身振り手振りを繰り返しながら説明を続ける。

「政府は彼らに『もう地面の亀裂に怯えなくていい家が出来ました』って告知して、ここいらに住む国民達を熱気球……まあ、ほんっとうに、広々として羨ましい家だけどね。 アレに住まわせたのさ」
「熱気球を初めて上げる時にだけ少しの燃料がいるのさ、でもとある高度まで行けばそこからは何をしても下がれなくなる。 亀裂の隙間からよくわからないガスかなんかがちょっとずつ出てるらしくてね」

僕が思わず口元を抑えると、博士はにんまりと(顔が見えなくてもわかる)笑って、「わざと大量に吸ったり亀裂に落ちでもしない限りは大丈夫だよ」と優しい声色で伝えてくれた。

「まあでも、それも『その高度』に行くまでの話だ。 そこに見えない壁でもあるみたいに、ガスの層が出来ているみたいなんだ。 だから誰も彼らを助けない。 大枚払って地面を埋めて、爆発するまでの間に救出するミッションなんてものはほとんど不可能だからだよ」

「でも博士、」と、遮るつもりはなかったのについ口をついて出た言葉に博士が立ち止まる。
気付けばそこは周りより細かいひび割れが多いように見えた。

「言ってみたまえ」
「ガスが溜まってるのはこの地域だけなんですよね」
「そうとも」
「なら、もういくつかそれ用の熱気球を作って横にずらしていけば」
「……」

 ひどく悲しそうな顔だった。 まるで昔からの友人が頭上にいるみたいな、そんな顔を一瞬だけして、また歩き出した博士についていく。

「──どうなると思う?」
「え?」
「当時の革新的技術によって、熱気球たちは空へ放たれた。 水も何もかもを上で調達、もしくは確保できると世界が保証したからさ。 でも、」
「でも、『帰り道』だけは用意されてなかったし、今もない」
「あれは何万トンもする構造物だ、ガスで浮いているだけで、ガスがなくなればすぐさま……」
「中の人達は」
「中の人達はどうなるんですか……」
「…………さあ、ね。 そもそも、生きているのかすらわからないから……」

 博士はそれきり黙り込んで、僕は、例えそれが嘘でもとても悲しい事だろうと思ってしまった。
騙されて気球に乗った人達は、どんな気持ちで帰れない事を知ったのだろう。
知らないのなら、今はなにを思っているのだろうか。

そして、「ああ、僕も同じなんだ」と気付いた。
いつか博士について行った先で、もう逃げられない場所で、騙されてしまうんじゃないか。

 それでも、後悔はない。
僕は他でもない僕で、過去の僕が選択したこの旅がどうなろうと、絶対に悔やむことだけはしちゃならない。
それが『自分自身』に対する、僕なりの礼儀だからだ。

「博士」
「ん?」
「僕、博士の話もっと聞きたいです」
「構わないとも、目的地に着くまで話していてあげようじゃないか。 そもそも気球を発明したのは誰か知っているかい? あれは──」

4/22/2023, 1:10:45 AM

『飲み込んだ言葉は戻らない』、そう言っていたあの人の顔が朧気になってきた。
 あの人はとっくの昔に死んだ──わけではない。 わたしからすれば行方が分からないだけで、きっと仲の良い友人なんかには居場所を告げどこかで暮らしているんだろう。
あの人はとても優しく、厳しい人だった。 自分に対しては一等厳しかったように覚えているけれど、共通の話題もなく、関わりが深くはなかったからそれだって自分の中に確かな情報として根付いてはいない。

 わたしには友達がいなかったし、いない。 ずっと、「友達がいない」「友達が欲しい」と言いながら何もしなかったからだ。
流行りを追いかけることもせず、共通の話題を探すこともせず、自分から話しかけることだってしなかった。誘われてもなんだかんだ断る癖に、『誘われないから』と諦めて自分から関わる事は全くしなかった。
 だから、わたしには友達がいない。 自分を愛しすぎたせいで、わたしはあの人とすら仲良くなれなかった。
あの人と最後に会った時、あの人は「引っ越すんだ」と楽しそうに話していた。 聞きたくなかった。
 好きだったのだ。

愛や恋なんてものじゃない、呪縛のような好意だ。 わたしはそのせいで、あの人がいなくなってから動向を伝え聞くことすら出来ていない。
 ふと、喫茶店の名前を思い出す。 あの人の好きなキャラクターが喫茶店に縁があるという理由で、あの人は喫茶店が好きだった。
『雫』という名前の、その響きだけは覚えている。
純喫茶と名乗って、小さな店舗を構えるその場所に、わたしは近寄ろうともしなかった。

 それが、こうだ。 「いらっしゃいませ」と鈴のような凛とした声で迎えられたわたしは、今、あの人の残渣を感じる為に同じ店に入っている。
そもそも、好きだったという中身すら知らないのだ。 何が好きかも、この店でなくちゃならない理由も知らない。 果ては本当にこの店かどうかすら確かじゃない。
 席に案内され、ゆっくりと座り、とりあえず目を引いたクリームソーダとオムライスを頼んで。 そこでわたしは、『ああ、雫というのは好きな喫茶店ではなくキャラクターの名前だったかもしれない』と思い至った。
なんともばかな話だ。 たった数ヶ月言葉を交わしただけで、何もわかるわけはないのに。