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『どうかあのひとを生き返らせてください』
願いがもし、たったひとつでも叶うのならば。 過去を変えても許されるのならば、僕はきっとそれだけを願っただろう。

 でも、それが叶ったとして、どうするんだろうか。あのひとが愛した世界は少しずつ変わって、変わらないものといえば空と僕くらいのものだ。
いや、それが不満な訳ではない。 だって僕が居るのだから。
誰も彼も死んでしまったけれど、僕だけはきっとあのひとの記憶にあるままで居るのだから。
そう思いはする。 思い馳せる。 けれど、僕が願う事がなんだって叶えられるとしたって、きっと僕はあのひとが生き返る事を望めやしない。
当の本人が嫌がりそうなんだ、「自分を生き返らせてどうするんだ」と、遠い昔に行儀の悪さを指摘した時のような顔で拗ねるに決まっている。
だから、僕は少し思考を変える事にした。
『あのひとが愛したものがこれからは失われませんように』と。
どうかな、これなら文句はないだろう?

3/10/2025, 4:24:03 PM