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『飲み込んだ言葉は戻らない』、そう言っていたあの人の顔が朧気になってきた。
 あの人はとっくの昔に死んだ──わけではない。 わたしからすれば行方が分からないだけで、きっと仲の良い友人なんかには居場所を告げどこかで暮らしているんだろう。
あの人はとても優しく、厳しい人だった。 自分に対しては一等厳しかったように覚えているけれど、共通の話題もなく、関わりが深くはなかったからそれだって自分の中に確かな情報として根付いてはいない。

 わたしには友達がいなかったし、いない。 ずっと、「友達がいない」「友達が欲しい」と言いながら何もしなかったからだ。
流行りを追いかけることもせず、共通の話題を探すこともせず、自分から話しかけることだってしなかった。誘われてもなんだかんだ断る癖に、『誘われないから』と諦めて自分から関わる事は全くしなかった。
 だから、わたしには友達がいない。 自分を愛しすぎたせいで、わたしはあの人とすら仲良くなれなかった。
あの人と最後に会った時、あの人は「引っ越すんだ」と楽しそうに話していた。 聞きたくなかった。
 好きだったのだ。

愛や恋なんてものじゃない、呪縛のような好意だ。 わたしはそのせいで、あの人がいなくなってから動向を伝え聞くことすら出来ていない。
 ふと、喫茶店の名前を思い出す。 あの人の好きなキャラクターが喫茶店に縁があるという理由で、あの人は喫茶店が好きだった。
『雫』という名前の、その響きだけは覚えている。
純喫茶と名乗って、小さな店舗を構えるその場所に、わたしは近寄ろうともしなかった。

 それが、こうだ。 「いらっしゃいませ」と鈴のような凛とした声で迎えられたわたしは、今、あの人の残渣を感じる為に同じ店に入っている。
そもそも、好きだったという中身すら知らないのだ。 何が好きかも、この店でなくちゃならない理由も知らない。 果ては本当にこの店かどうかすら確かじゃない。
 席に案内され、ゆっくりと座り、とりあえず目を引いたクリームソーダとオムライスを頼んで。 そこでわたしは、『ああ、雫というのは好きな喫茶店ではなくキャラクターの名前だったかもしれない』と思い至った。
なんともばかな話だ。 たった数ヶ月言葉を交わしただけで、何もわかるわけはないのに。

4/22/2023, 1:10:45 AM