力尽きて雪に埋もるツバメ。
水底に沈んだ人魚の涙。
炎に包まれ、鉛になった人形。
彼らをそうさせた愛の行方。
神様だけが知っている。
幼い頃に日光アレルギーと診断されてから、
いつも隠れるように生きている。
とはいっても、もともと暑いの嫌いだし、泳げないから夏のプールも嫌だし、日影はだいたい涼しいので、特別に劣等感を持ったことはない。
プール。体育祭。焦がすような日差しをいっぱいに受け止めてはしゃぐ皆を、僕はいつも目深の帽子をかぶって眺めている。
すると、彼女はいそいそと僕の隣にやってくる。
私は身体が弱くてドクターストップかけられてんだ、となぜか得意げそうにいう彼女を変な奴だと思ったけど、
いつだったか、ドクターストップって単語をただ言いたいだけなんだってわかってから、その底抜けの明るさが妙に眩しくみえてきた。
たとえば、教室に気まずい空気が流れていても、
彼女はどこかけろりとしていて、何だか拍子抜けしてしまうほどだけれど、君はいつもそうやって、
どんよりした空に光を差し込んでいたんだと。
「君って太陽みたいなんだな。」
ある日のプール見学中、屋根の下でも眩しそうに目を細めて笑っている彼女をみて、僕はふと、そう口にしてしまった。全身の血が湯だつ思いだった。
皆のはしゃぐ声も水しぶきも、肌を焼く強い日差しも、あの瞬間は何も感じなかった。
君はちょっと意外そうに目をぱっちりさせる。
それから屈託ない笑みを浮かべて
「君にとっては不都合じゃない?」
いや、そういうことじゃない。
日光アレルギーだってこと、あの瞬間だけは忘れていたんだ。と、
恥ずかしくて、僕は結局いえなかった。
はやまる心臓の鼓動が、この胸を知らない感情でいっぱいにする。太陽の光を全身に浴びるのって、きっとこんな感覚だ。
君の眩しい視線から逃れるように、そっとうつむいた。
人生という無色の糸の束には──
からはじまる、シャーロック・ホームズの有名な
台詞がかっこよくて好き。
殺人という緋色の糸が1本混じっているから、それを抜き出して明るみに出す、ということだけれど
人の出会いや結びつきも、それくらい繊細で難しい作業になるんだろう。
人と人とを結んでいるという赤い糸が目に見えたら
まるで血管が張り巡らされているみたいな、
巨大生物の体内のような、なかなか壮大な景色がのぞめそう。
そうやっていろんな赤い糸が絡み合って、ひとつの生き物のように蠢くのなら、人の繋がりが世界を動かすんだとも思えてくる。
入道雲が、大昔に退治された巨人の成れの果てとかだったらおもしろいのに。人間に火葬された煙がそのまま雲になって、地上に稲妻を走らせたり、大雨を降らせたりしてなお人間を困らせる。
それか、神様が雲をぐるぐると掻き回して日本をつくったときに余った切れ端とか。積乱雲ともいうし。積み重なってる乱れた雲。
夏の青空をみっちり埋めて、ザーザーゴロゴロ荒れるとにかく巨大なそれを見ながら、あーさすが、
国になり損ねた雲だねって思えたらおもしろい。
夏の間だけ。
夏と秋がゆきかう空の通い路には、どちらかに涼しい風が吹いているのだろうか。
あなたとサヨナラのキスをしたとき、遠い昔の故人が詠んだ、そんな詩を思い出した。
まだ夏の真ん中で、まるで秋空の上澄みをすくったような風が夏草を揺らしていた。
その心地よさを頬で感じながら、私は深く瞼を閉じる。ああそうか、と思った。
季節は一方的に過ぎ去ってゆき、とどまることを知らないのだ。
ひと夏の恋とはいうけれど、これであなたと逢うことはないという予感も、ある意味で必然的なのかもしれない。
私は刹那を生きる夏虫で、燃える火に飛び込み身を焦がす。はたまた、水草のかげから月をみる川底の魚。にぎやかで、儚くて、命の影が濃い。
何もかもがキラキラと輝いているから、
よけいに切ない。
あなたの唇がはなれてゆき、
夏の匂いを遠くに感じる。