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5/10/2023, 1:45:15 PM

君は、愛と美の神に愛されている。本当にプシュケーの生まれ変わりみたいだ。

春になると、あの溢れんばかりの緑から、君たちは喜びの象徴のように生まれてくるだろう。この世の祝福をいっぱいに受けて、君たちの羽ばたきは幸せの風を呼んでいるんだ。

だから、僕はときどき酷く惨めな気持ちになる。そんな美しい君たちを、僕は銀色の糸で絡めとることしかできないのだから。君たちの翅を引き裂いて、咀嚼するとき、何ともいえない悲しい気持ちで僕の胴体は幾度も潰れそうになる。

そんな時に、君と出逢ったんだ。

僕は最初、目を疑った。だって君は、夜空を飛んでいたんだもの。細やかなつくりをした真っ白な翅が星屑のようにきらめいて、闇夜にすぅっと透けていった。頼りなげにはためく小さな姿は、紛うことなく君だった。君の、その小さな命の瞬きをみているような気がしたよ。

それからというのも、眩い太陽の下にいても、艶やかな青い蝶々が飛んでいても、僕はあの夜の君を思い出してしまう。

春の夜風を浴びるたびに身体がざわついて、君の姿をみるたびに、僕の知らない本能がしくしくと疼くのがわかる。

可笑しいだろう、僕はまるで君に恋をしてしまったみたいなんだ。僕の鋭い手足は、君に触れることすらできないというのに。


──本当は薄々と気づいている。あの夜、僕がみたのは君ではなくて、きっと誰かの魂だったんだろう。夜、君たちは草の陰で眠っているんだから。

魂の形は君にそっくりだってことを、聴いたことがあったんだ。

それでも、僕にはもう君を食べることはできない。

君の亡骸をみつけたら、そっと葉っぱで隠すつもりだ。土に埋めたら蟻たちに食べられてしまうから。
君の命が終わるとき、僕の命も尽きるだろう。

そうして今度こそ、足を捨て、銀色の糸を捨てて、あの夜空で君と逢いたい。

美しい君へ。


~モンシロチョウ~



5/9/2023, 12:59:48 PM

美しい天使は、地上にエーデルワイスを残して空へと飛び立っていった。天使に恋をしてしまった登山家の、叶わぬ想いに応えるために。

だから、エーデルワイスの花言葉は『大切な思い出』なのだという。

私は天使でもないし、美しくもない。でもそろそろ天にいかなければならないというところだけは、奇しくも一緒なのだ。

それだから、そうね。私も何か、あの人に残せるのだろうか。残してもいいのだろうかと思ってしまった。天使のそれが、すごくナイスアイデアに思えたのだ。

あの人は、多分私のことなんて忘れてしまう。だって私たち、出逢ってまだひと月も経っていなかったんだもの。でも、それでいいのだ。

あの人はこれからも、いろんなことを経験して、恋をして、私の存在があの人の心の片隅にもいられるスペースなんてないのだ。私がいなくても、あの人の世界は回り続けるのだから。私の知らない幸せの世界を、あの人は生きていく。

だから私のことなんて、思い出してくれなくていい。
でも、やっぱり、忘れないでほしい。

形に残るものだと重いかな。お菓子だと余りにもあっけない。

だから、花の種を植えた。
花なら、咲くまでの間だけ、私はあの人の中に生きていてもいいでしょう。枯れてしまえばそのまま捨てて、何も残らない。

種は、まだ身体が自由に動かせた頃にお花屋さんで買ってきた。可愛らしくて、どこかせつなげで、昔から好きな花だった。いつか自分で育ててみようと思っていたそれを、あの人に託すのも悪くない。いいえ、本望といってもいい。


「ここにね、花の種を植えたの。来年には咲くと思うから、待っててね。」


ほら、やっぱりあなたは不思議そうな顔をしている。ちょっと気難しそうで、何かじっと考えている。私、あなたのそういう顔が好きだった。


「私だと思って、待っててね。何の花が咲くかはお楽しみ!」


エーデルワイスではないんだけれど、きっと綺麗な花が咲くのよ。星の涙のような、深い海の色をした小さな花が。


願わくば。あなたにとって『大切な思い出』になってくれたのなら。
これで忘れられない、いつまでも。


~勿忘草~
『私を忘れないで』










5/8/2023, 1:44:29 PM


百年、私の墓の傍で座って待っていてください。きっと逢いに来ますから。


「ここにね、花の種を植えたの。来年には咲くと思うから、待っててね。」


もう命の尽きようとしている君が笑顔たっぷりにそう言ったとき、僕は、夏目漱石の『夢十夜』にある1節を思い出した。

これを頼まれた男は、本当に百年の月日を待った。自分は騙されているのかもしれないと思いながら、唐紅の赤い日が昇り沈むのを数え、ただ待ち続けた。

これからもうすぐ死ぬという、知らない女だ。涙を流しながら言われたからとして、果たして百年も待てるものなのか。


「私だと思って、待っててね。何の花が咲くかはお楽しみ!」


思えば、あの病院で君と出逢ってからまだひと月も経っていなかったのだ。君はどうして、僕なんかに自分の分身を託してくれたんだろう。

君の笑顔は最期まで眩しくて、僕は何だか、ぼんやりとした心地だった。

君から受け取った白い植木鉢は、今、僕の部屋の窓辺にある。

起きて、仕事して、食べて、寝る。一年なんて、ほとんど瞬きの速度で過ぎていくものだと思っていた。

あれから、植木鉢には毎日水をやっている。ようやく柔らかな緑がでてきたが、まだまだ蕾すらつける気配もない。

いったいどんな花を咲かせるのか。君のことだ、間違えて草の種でも植えてしまったんじゃないか。そうやって、ときどき君の眩しさを思い出す。


君の蒔いた種は、まだ花を咲かせない。
一年は、時に百年のように長いのだと知る。


5/7/2023, 12:06:31 PM

ときめきも、熱っぽい甘さも感じたことがない。

でも、いるはずのないあの人の匂いがふっと香ったとき、思いもよらない動揺と少しの安堵、その重なりの隙間に、締めつけられる思いを抱く自分がいる。

恋に気づいてしまった、そんな雨の日。

5/6/2023, 11:00:49 AM


何かの間違いで、誰か1人だけが生き残ってしまわないことを祈る。

はじまりが不平等であっても、終わりは等しく訪れて欲しい。

それに、皆それぞれの祈りを抱いて消えていくというのなら、世界の終わりは、世界がはじめて1つになるひとときを与え得るのかもしれない。

たった1人、終わったあとの世界をみるのは辛いだろう。

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