百年、私の墓の傍で座って待っていてください。きっと逢いに来ますから。
「ここにね、花の種を植えたの。来年には咲くと思うから、待っててね。」
もう命の尽きようとしている君が笑顔たっぷりにそう言ったとき、僕は、夏目漱石の『夢十夜』にある1節を思い出した。
これを頼まれた男は、本当に百年の月日を待った。自分は騙されているのかもしれないと思いながら、唐紅の赤い日が昇り沈むのを数え、ただ待ち続けた。
これからもうすぐ死ぬという、知らない女だ。涙を流しながら言われたからとして、果たして百年も待てるものなのか。
「私だと思って、待っててね。何の花が咲くかはお楽しみ!」
思えば、あの病院で君と出逢ってからまだひと月も経っていなかったのだ。君はどうして、僕なんかに自分の分身を託してくれたんだろう。
君の笑顔は最期まで眩しくて、僕は何だか、ぼんやりとした心地だった。
君から受け取った白い植木鉢は、今、僕の部屋の窓辺にある。
起きて、仕事して、食べて、寝る。一年なんて、ほとんど瞬きの速度で過ぎていくものだと思っていた。
あれから、植木鉢には毎日水をやっている。ようやく柔らかな緑がでてきたが、まだまだ蕾すらつける気配もない。
いったいどんな花を咲かせるのか。君のことだ、間違えて草の種でも植えてしまったんじゃないか。そうやって、ときどき君の眩しさを思い出す。
君の蒔いた種は、まだ花を咲かせない。
一年は、時に百年のように長いのだと知る。
5/8/2023, 1:44:29 PM