美しい天使は、地上にエーデルワイスを残して空へと飛び立っていった。天使に恋をしてしまった登山家の、叶わぬ想いに応えるために。
だから、エーデルワイスの花言葉は『大切な思い出』なのだという。
私は天使でもないし、美しくもない。でもそろそろ天にいかなければならないというところだけは、奇しくも一緒なのだ。
それだから、そうね。私も何か、あの人に残せるのだろうか。残してもいいのだろうかと思ってしまった。天使のそれが、すごくナイスアイデアに思えたのだ。
あの人は、多分私のことなんて忘れてしまう。だって私たち、出逢ってまだひと月も経っていなかったんだもの。でも、それでいいのだ。
あの人はこれからも、いろんなことを経験して、恋をして、私の存在があの人の心の片隅にもいられるスペースなんてないのだ。私がいなくても、あの人の世界は回り続けるのだから。私の知らない幸せの世界を、あの人は生きていく。
だから私のことなんて、思い出してくれなくていい。
でも、やっぱり、忘れないでほしい。
形に残るものだと重いかな。お菓子だと余りにもあっけない。
だから、花の種を植えた。
花なら、咲くまでの間だけ、私はあの人の中に生きていてもいいでしょう。枯れてしまえばそのまま捨てて、何も残らない。
種は、まだ身体が自由に動かせた頃にお花屋さんで買ってきた。可愛らしくて、どこかせつなげで、昔から好きな花だった。いつか自分で育ててみようと思っていたそれを、あの人に託すのも悪くない。いいえ、本望といってもいい。
「ここにね、花の種を植えたの。来年には咲くと思うから、待っててね。」
ほら、やっぱりあなたは不思議そうな顔をしている。ちょっと気難しそうで、何かじっと考えている。私、あなたのそういう顔が好きだった。
「私だと思って、待っててね。何の花が咲くかはお楽しみ!」
エーデルワイスではないんだけれど、きっと綺麗な花が咲くのよ。星の涙のような、深い海の色をした小さな花が。
願わくば。あなたにとって『大切な思い出』になってくれたのなら。
これで忘れられない、いつまでも。
~勿忘草~
『私を忘れないで』
5/9/2023, 12:59:48 PM