『窓越しに見えるのは』
突然の夕立に遭ってしまい髪も服も鞄もびしょ濡れになってしまった私はツイてないなぁと独りごちつつ水を跳ねさせながら駆け足で家路についた。
身体も冷えてしまえば今日は湯船に浸かろうと風呂を沸かし、リビングで髪をタオルで拭きながらふと窓に目をやると、いつの間にか雨は止んでいて。
ほんの少し帰宅時間がズレていれば雨に降られなかったのに、と溜息をついた私の瞳に映ったのは雲間から差し込んだ太陽の光に照らされた七色の輝き。
窓越しに見えた美しい虹に、先程まで暗い気持ちだった私の心は晴れやかな空と同じように清々しくなっていた。
『赤い糸』
制服の取れたボタンを丁寧に縫うあいつの隣に置いてあるソーイングセット。横目に見えた赤い糸に俺は有名な言葉を思い出した。
────運命の赤い糸
もしあったとしても見えなきゃ意味がないし、俺自身は信じちゃいない……はずなのに、目の前のこいつと繋がっていたら、そう願ってしまったのは幼い頃からの腐れ縁を進展させたい気持ちがあったからかもしれない。
何気なく赤い糸へと手を伸ばし、俺の制服に触れる指を静かに見詰めると針を持っていない方の手を掴み、小指へとその糸を絡めて結んでみた。
何をしているのか分からないと双眸瞬かせて俺を見るものだから、思わず口元が弧を描いていく。
自分の手を見せつつ目の前であいつに絡めた糸の先を小指へ結ぶ動作に目を丸くさせ、俺と小指へ顔が交互に移る動きは少しばかり忙しなくて。そんな仕草が可愛らしいなと思えば俺は何も言わぬまま軽く笑ってしまう。
ほんのり赤に染まる頬を目にした俺は少しは意識してくれたのかと期待に胸を膨らませた。
『入道雲』
夏になると澄み渡る透き通るような青い海の向こうに、天まで届きそうな程の大きな入道雲がよく見える。
そのまま育って空全体を飲み込んでしまうんじゃないかって思う真っ白なヤツにロマンを持ってしまう俺は、ないと頭でわかっていながらもその先に見たことの無い世界が広がっているような気がして、毎年…この季節になると衝動的に船を走らせたくなるんだ。
今日もまた照りつける太陽の下で俺は巨大な雲を追いかける。
『夏』
祖父母の住む田舎には大きな向日葵畑がある。
辺り一面黄色と緑に覆われた向日葵の国。
私はその国のお姫様。太陽の王子様がいつも天高い場所から見守ってくれる中、好奇心旺盛でお転婆なお姫様はカブトムシとクワガタの家来を連れ、憧れた外の世界へ冒険の旅へと出発する。
時に転んで泣くこともあったり、蝉お爺さん、蜜蜂お姉さん、天道虫くんと素敵な出会いが待っていたり。向日葵の国はドキドキとワクワクがいっぱい。
それが幼い私が見てきた向日葵畑の景色。
自分と同じ高さの向日葵畑は、周りの景色に溶け込みつつ、花弁が太陽の光に照らされて輝いているかのよう。瞳のキャンバスは半分は空の青、残りは向日葵の黄色で塗られてその美しさに心が癒されていく。
これが成長した私が今見る向日葵畑の景色。
『ここではないどこか』
花弁が舞う桜並木で人と擦れ違いざま、触れ合った肩に微弱な電流が走ったかのような感覚に振り返ると此方を見る青年と視線が交わり、脳裏に見たことも無い光景がフラッシュバックする。
初めて会うはずなのに妙に懐かしさを感じてしまうのは何故?
お互い動かないまま視線は絡み合ったままで。青年は私を見て目を丸くしつつ何かを言おうとして戸惑っているみたい。
私の鼓動は早鐘を打ち始める。
数瞬の後、最初に口火を切ったのは私だった。
「私達、以前会ったことがありますよね?」
ここではないどこか
今とは異なる時間軸の異世界で。