「ねぇねぇ。麻有が来たけど…。」
「うん」
私の友人は気まずそうに沈黙した。空間がいささか居心地悪くなった。
私はあいつと関わることが無くなっていった。特別喧嘩した訳でも無く、ただ単に関わっていない。
幼なじみで親友とも言えた私たちの絆は進学と共に切れてしまった。
友人は器用な人間だ。だから先程までの気まずさはもはや欠片も残っていない。こうやって空気を読んでくれているから私は彼女を友人と呼べるのかもしれない。
だから、別れ際の「じゃあね」も純粋無垢だった自分を思い出せる。
別れてからそのまま帰路に着いた私は今日の出来事をふと思い返す。
「麻有が来たけど…。」
この言葉が酷く脳裏に焼き付けられた。テレビを流していないと幻聴のように聞こえてくる。
「私は何がしたかったんだろう。」
後悔なんだか寂しいのか感情が酷く混ざっている。
そのまま寝室へ行き、ベットに横たわる。
鬱陶しいアラーム音で意識が戻ってゆく。
7時30分。軽く遅刻だ。
私はすぐさま支度を整え、急いで玄関を飛び出した。
いつも10分しかかからない通学路さえも今日は1時間に感じた。学校へ向かう最後の信号へたどり着いた時、私の横にあいつがいた。
私が無言を貫こうとしていると彼女が話しかけてきた。
「ねぇ、友梨。久しぶり」
「あぁ、うん。」
予想外の態度で少しぶっきらぼうにってしまった。
そんな私をお構い無しに口を開き続ける。
「あのね、私のことを避けてる?」
信号は既に青に切り替わっていたのに体が硬直したまま動かなかった。
私はずっと何をしていたのだろうか。
きっかけは進学してクラスが離れて、地元の高校だとはいえお互いに新天地で何となく距離を取ってて、彼女は新しい友達をどんどん作っていく中、中学の時から変わらない排他的な人間関係の私。変わっていったのは私の方だったんだ。大した理由もなく避けていたのはおかしい。
それに気づいた時には赤信号に変わっていた。
「友梨、遅刻しちゃったね」
予鈴は既に鳴り止み、遅刻のカウントが1つ追加され、本日の日直になることが確定した。
いつもなら最悪だと思っているけど、今日の遅刻はなんだか嬉しかった。すれ違ってもまた一緒になれる時がいつか来る。
私は泣いてくしゃくしゃになった笑顔で教室のドアに手をかけた。
奴は目の前には鋭い眼差しで私を睨みつけていた。
こんなになるなら山なんて来なければよかった。
私は生粋のインドア派だった。仕事以外は基本家でゴロゴロか創作活動に勤しむが、同僚から山への誘いがあった。
当初はもちろん断っていたが、私の気になっている人である片桐さんも参加すると聞いて慣れないながらも参加に判を押した。
まぁ、私にも装備をしっかり整えずメンバーも聞かずで数え切れない程非はある。だからといって嫌いな上司の接待と山登りなんてただの苦行でしかない。私は一向に終わる気配がない山道をただただ適当にそれっぽい相槌をしながら1歩1歩足を前へ出していた。
苦行は順調だった。奴が現れるまでは…。
1時間程歩いた時、異変を感じた。
「酒井くん。なにか変じゃないか?」
上司はかなり鋭かった。その直後、熊が飛び出して来た。それは真っ先に私を狙うかと思ったが上司を真っ先に始末した。不思議と悲鳴は出なかったが、驚いてその場を動くことは出来なかった。
頭部を失った上司を転がして遊んだ後に私を睨みつけた。逃げようとして背を向けて走ってしまった。
かなり早く走ったと思うけどもインドアは限界に近い体で走り背中に鈍い感覚が走った。
「うん、死ぬな」
楽観的な感想を持って私は崖から落ちた。
山ってかなり厳しいよな。怖かった。次はクマに遭遇しないルートを選ぼうと思う。リセット出来ないゲームは怖かった…。
「よし、社員旅行があるからゲームはこれまで…。」
そのまま登山の道具を準備した。
小さい頃の思い出だ。
この世界って広いんだなー。
それが純粋な心だとしたら…。
現実を知った私は絶望した。
世界は歩ける範囲にしか存在しない。
世界は手の届く範囲だけだと。
それ以外は傍観者として生きるしかない。
人は手を取りあって生きるべきです。
これは小学生の時に植え付けられた道徳に過ぎないと思っていた。
私を助けるのは私か他人。
私を苦しめるのは他人か私。
結局自分で救っているんだ。
抑圧、合理化、同一視、投射、反動形成、逃避、退行、代償、昇華。
フロイトは素晴らしい人物だ。複雑な感情をこうもまとめてしまう。
でも、これを見る度思うんだ。
~ 私は自己防衛すら出来ていない ~
自己嫌悪に駆られる毎日。そんなのはつまらない。
なんかもういいや。
さよなら。世界。
今日も私は人を殺した。