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2/26/2023, 5:00:29 PM

僕にはこれまでの生涯の中で
最も大切にしている手紙がある
それは大学時代の友人が
卒業式の後にそっと渡してくれたものだ

彼女とは空いたコマの時間に
よく図書室で勉強をした
彼女は頻繁に授業中居眠りをしていたため
よく僕のノートを見せていた
当時の無知で愚鈍な僕は
彼女のそれが体質的なものである事に気付けなかった
なんとも言えない蟠りを胸に抱えたままで
彼女に気を遣わせてしまった

そんな僕の内情を知ってか知らぬか
彼女は手紙の中で僕に謝罪と感謝の言葉を述べていた
そして「あなたは特別な人です きっと有名になります」
とまるで予言のように書かれていた
僕は自分を強く恥じた


結局僕は有名でもなんでもない
凡人として生きてしまっているが
時折彼女のくれた言葉の意味を考える
僕は何をすれば彼女の予言に、いや期待に
応えることができるのだろうと
模索しながら、どこか足掻くような気持ちのまま
これからも生きていくのだろうと思う


彼女は僕に手紙を渡してくれた後、
突然連絡がとれなくなってしまった
彼女は今何をしているのだろうと
胸にしまった言葉を撫でる度に考える

2/24/2023, 1:29:31 PM

数年前、僕はハムスターを飼っていた
仕事が終わり帰宅すると
家族が総出でパチンコ屋へ出掛けた後の
真っ暗な部屋の中で
彼が一生懸命に回し車を回している音だけが響いていた
僕はそれを聴くと安心し
ゲージ代わりの水槽にぴったりと顔をつけ
仕事の愚痴などをひっそりと彼だけに漏らした
彼は僕の言葉の意味を理解こそ出来なかったろうに
僕の顔の前から離れようとはしなかった
僕は安心してこっそり泣いたものだった


僕は彼を飼うにあたり心に決めていたことがあった
それは彼を鳴かせるような事はしない、という事だった
ハムスターが鳴くのは一般的に威嚇の時なので
彼が鳴いてしまうほど傷つけるようなことは
したくはなかったのだ


しかし事件は起きた
歳をとり、歯が悪くなった彼のために
ハムスター用のチュールを与えていた時だった
突然、何処からかガラス面を指で擦ったときのような
キュ、キュ、という音が聞こえてきたのだ
耳を澄まして音の出所を探してみると
彼の小さな体からするではないか!
僕は慌てふためいた。何故?怖がらせた?

思わずYouTubeで「ハムスター 鳴き声」と検索し
ヒットした動画のサムネイルを見て僕は目を疑った
そこには
『ハムスターが心から喜んでいるときの声!』
とあったのだ
その動画を再生してみると、たった今聴いた音と
殆ど同じキュ、キュ、という声を発するハムスターの動画が流れ始めた
僕は安堵した。彼は何も知らない顔で僕を見ていた。
その時初めて、ハムスターが鳴くのは威嚇の時だけではないと知ったのだった

それからも彼は、一緒に遊んだり手に乗せたりすると
たまに例の声を出してくれたので
僕はたまらなく彼が愛おしくなった
手のひらに収まるほどの小さな命と
心を通わせている感覚が心から嬉しかった


しかし彼は星になった。老衰だった。
その日はなんとなく朝からBUMP OF CHICKENの
「宝石になった日」を聴いていた日だった
あまりにも出来すぎている、と思ったのを覚えている


彼を庭に埋めた後も
僕はしばらく彼の元から動けなかった
なんとか部屋へ戻っても
毛布に包まって泣くだけだった
残酷すぎる、と思った
キュ、キュ、という声がもう聴けないことや
掌の中の熱や彼に染みついたチュールの匂いも
もう嗅ぐ事はできないと理解した時
もう僕は彼と出会う前には戻れないのだと悟った


それから一ヶ月ほど経った日
いつものように彼の元へ手を合わせに行くと
見たこともない小さなオレンジ色の花が咲いていた
それはあまりに鮮やかな色で見つめてくるので
僕はどうしても気になって調べてみると
「コウリンタンポポ」であることが判った
近所に咲いているのも見たことがなかったので
おそらく鳥が運んできたのだろうと頭では判っていても
僕にはどうしても彼からの贈り物としか思えなかった

彼が亡くなって数年経つが
あれからコウリンタンポポは徐々に数を増やし
今では暖かくなると彼の周り一体がオレンジ色に染まる
僕は毎年その花を観ると
彼とまた出会ったような気持ちになるのだ

2/23/2023, 11:44:26 AM

愛していると
僕は君に言わない
それは言ってはいけないから

愛していると
君は僕に言わない
それはきっとちぐはぐだから

なのにどうして
僕らは一緒を選ぶのだろう
理由なんて無いままでいい
透き通った灰色の中で
誰の手も届かぬ場所で
ただ君と話をしていたい
君の声を聴いていたい

愛していると
僕は君に言わない
言わないけれど
僕は君を愛してる

2/21/2023, 3:51:43 PM

転職を考えている
というよりも「しなくてはいけない」
と言った方が正しいのだが
求人サイトを眺めていても目は滑るばかりで
どうにも重い腰が上がらない

今の仕事はお世辞にも好きとは言えないので
いっそ全く違う職種に就いてみようかと
興味の湧く仕事を調べてみた
決して楽とは言えず
どちらかといえば世捨て人のような仕事だが
毎日項垂れながら仕事をしている今より
そこにいる自分は随分と
生き生きしているように思えてしまった

僕を束縛するものは何だろうと考えた時
一番最初に『目』を想起する
親からの目
世間からの目
隣人からの目
そしてそれらを気にし過ぎながら生きている
僕自身の目
それらと完全に決別する事は難しい
まっさらな0からのスタートなど
過去が数珠繋ぎになっている限りは
到底できないように思えてしまうが
ここでまた目に怯えてしまえば
負けてしまえば
僕は僕を生きていると言えるのだろうか?と
懇々と考え込んでしまうのだ

2/20/2023, 5:09:35 PM

僕の足元には
数々の球が転がっていた
それは思い出したくもない記憶で
視界の端にも入れたくはないのに
少しでも目に入ったならば
たちまち僕を支配して
まるでドミノのように
連鎖的に蘇ってきて
僕は動けなくなる
嗚咽を漏らして蹲り
黒い底へと沈んでいった
誰かこの気持ちを分かってくれと叫んだ
完全な理解など無いと認めることに恐怖した
君でさえ全てを理解する事はないのだと
認めることが酷く虚しかった


君は確かに同情などしなかった
ただ君は僕の足元の球を
不意に拾い上げたと思えば
全力で遠くへ投げてしまったので
僕は呆気に取られた
何をするんだと君に詰め寄ると
「これでもう見なくて済む」と
なんでもない様子で君は言った
僕はそんなものかと脱力した
何故か笑いが込み上げてきた
足元にはもう何も残っていなかった

僕は思う
同情だけが優しさではないのだと

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