人の姿

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1/19/2024, 10:36:49 AM

「君に会いたい。」
そんな声が頭上から降り注ぐ。
「君に会いたい。今すぐにでも。」
見上げた先のマンションのベランダからは一人の男が顔を覗かせていた。

羨ましい光景だと思う。
そんな一本の電話で会えるなんて羨ましい。
「もう踏ん切りは着いたつもりだったんだけどな。」
思わず口から漏れる。

人間というのは永遠の生き物では無い。
私たちは想像以上に脆い。
いつ崩れるかも分からない毎日を生きている。だが、少なくとも彼らは今生きている。
共に語り、目を合わせ、想い合うことが出来ている。それはどんなに幸せなことだろうか。

いくら彼女に連絡をしようとしても、私の元にかえってくることはない、返事も彼女自身も。いや、かえってくるという言い方は語弊があるかもしれないが。

とにかく彼らには今を大切に生きて欲しい。愛し合える時間は永遠では無い。顔を合わせられる時間も永遠では無い。そんなことを思いつつ私はひたすらに帰路を歩く。


この世界に生まれてきてはや四十五年、彼女が出来たことは無い。
生涯独身を貫こうと決めたはずったのに、少し迷いが生まれてしまったみたいだ。

1/18/2024, 2:06:53 PM

閉ざされている、という程でもないが最後に開いたのがいつかも分からない小さな日記帳が部屋にある。
視界に入ることがあっても、開くことは無い。存在を思い出しても、内容を思い返すことはない、そんな代物。
三日間の継続すらも苦である私だが、三日坊主という不名誉な称号には些かの不満を抱いている。
私は過去を振り返ることが好きでは無いのだ。過去よりも未来を見たいと思うし、昨日よりも明日、それも超えて明後日の方向を向いている方が性に合っている。
つまり私が言いたいのは、私は決して現実から目を逸らし、継続という重要な能力の欠如をそのままにしているような怠惰な人間なのではなく、常に今、そして未来という現実に対し世界中の誰よりも真剣に、過去にわき目を振ることなく向き合っている人間であるということである。

1/17/2024, 10:56:09 AM

木枯らしの吹く晩秋、そんなものを経験した記憶は無い。
ほんしゅう?とやらでは春夏秋冬、四季折々の風が吹くという話を聞いたことがあるがそれは遠い異国の話。
我が祖国、蝦夷のクニではあつい夏の後にやってくるのは決まって冬である。
冬の到来を感じさせるまでもなく吹雪が吹き荒れるこのクニを私は案外気に入っている。

1/16/2024, 10:57:59 AM

そんなに美しい世界じゃない。
いつも通りの満員電車。
みんな憂鬱そうな顔をしている。
あるいは私の瞳がそんな風に世界を映しているのかも。

起きたくないなぁ
って朝目覚めて

早く終わんないかなぁ
って一日をすごして

ずっと寝てたいなぁ
って目をつぶる

知らない人達の口論も
知らない国の戦争も
あまりにも醜くて目を背ける。

たとえそんな世界だったとしても
臆病者の私は生きるしかない
明日、瞳に映る景色が
今日よりも少しだけ美しいことを祈って。

1/15/2024, 1:44:58 PM

「星を見に行こうよ。」彼が言った。

12月10日(日曜日)
ちょうど太陽がビルの隙間に顔を埋めているところだった。

「はぁ?今から?」
「うん。だって佳穂、一日中ソファーの上でほとんど動いてないよ。」
「えー、、、でも外寒いし。」
「じゃあ、やめとく?」

暫しの沈黙の後、私は首を横に振りやっぱり行くと返す。
正直なところ1週間ほど外に出てない私は流石に不健康なんじゃないかと思い始めていたところだったし、何よりあれは優しい彼の気遣いだからだ。
それを私のワガママで無下にしてはいけない。

「僕が車を出すから、準備しておいて。」
「分かった。何処まで行くの?」
「着いてからのお楽しみ、かな。」

ただ星を見に行くだけなのに何を隠す必要があるんだ。そんなことを内心思いつつソファーから立ち上がる。立った瞬間に目眩がして、この一週間の生活を省みる。まぁ、もう過ぎたことだ考えてもしょうがない。
夜は冷え込むだろうという今朝のテレビを思い出して、いつも着てるのよりもう少し分厚い真冬用のダウンを羽織って玄関へ向かう。

「準備できたよ。」
「ちゃんと暖かくした?夜は寒くなるそうだよ。」
「うん。バッチリ。」

私が助手席に乗り込むと彼は車を発進させる。久しぶりの外の景色は多数の蛍光灯に照らされていて、陽は落ちているはずなのにとても眩しかった。道中、コンビニでご飯でも買おうという彼の提案でセブンイレブンに寄っておにぎりと暖かいお茶を買った。

「で、何処に行くの?」
「着いてからのお楽しみだって。」
「何?隠す必要ある?」

私の質問には答えず彼は口を噤んだ。そもそも東京で星空なんて見て何になるのだろうか、星よりも眩しい蛍光の何かが至る所を照らしている。自ずと東京上空の星の存在感は薄れていく。

「空、見てみなよ。」
「なんか、ショボイね。」
「確かに、ショボイ。」

案の定、星の姿はよく見えず街の光に対する嫌気が増すばかりだった。気遣いは嬉しいんだけどね、と内心の気落ちを悟られぬように注意を払いながら彼の横顔を見つめる。無言のまま彼は車を再度走らせ始めたので、帰路に着くんだなと思い、先程から存在感を増してきていた睡魔に身体を委ねた。

ごめん、自分勝手な女で。

「着いたよ。」
「う〜ん、、ありがとう。」

寝ぼけたままドアノブに手をかけ車から足を踏み出す。

「さっっっむ!?」

想像を超える寒さに思わず目を見開く。そこにはいつも通りの家の玄関、ではなく真っ白な地面が広がっていた。

「え、は?どういうこと?」
「どう?驚いた?」
「いや、驚いたというか、、、」

彼はいつも通りの優しい笑みを浮かべているが、それどころでは無い。全く見慣れない、まるで異世界に転生してしまったかのような景色を前にして私は完全に混乱した。とりあえず状況整理だと思い時計を見ると、家を出発してから既に6時間近く経過していた、東京で星を見たのから数えても5時間以上だ。

「待って、ここどこ?」
「ん、長野。」
「え、長野?」
「うん、長野。」
「そんなことより空、見てみなよ。」


わ。


私は文字通り言葉を失った。
白銀の大地と深く冴え渡る紺、そこに散りばめられた星屑たちの姿は、さながら自然の不規則性がうむ雄大な情景そのものであり、同時に一糸乱れぬ軍隊の行進のように突き詰められた合理性に寄ってもたらされる美しさをも包含しているようにも感じた。

「凄いだろ。」
彼は得意げに笑う
「そうだね。」
私もつられて笑う

「星は変わらない。僕らよりもずっと大きな存在でいつもそこで光ってる。」
「僕らが見てる小さな世界ではその星さえもショボく見える。ただ、僕らの生きるこの世界の星は僕らが思うよりずっとずっと雄大でずっとずっと美しい。」

「まるで詩人だね。」
「先週、病院から連絡を貰ったとき色々と反省したんだよ。」
「君のことをちゃんと見てなかったかなとか、もっと君を大切にすればよかったって。」
「でも、それも違うって気付いたんだよ。これも僕の小さな価値観の中での話なんだよね。重要なのはこの世界がいかに広いかを2人で実感していくことなんじゃないかってね。」
「そうかもしれないね。」

私は強く頷いて満点の星空をもう一度目に焼き付けた。

こんなにも優しい人が
こんなにも美しい世界が
目の前に拡がっているのに
どうしてあきらめることができるだろうか。

私はもう一度前を向くことを心に決めた。





先週の日曜日、私は自殺未遂を起こした。睡眠薬の多量摂取。連絡がつかなくなった私を心配した彼が家までやって来てソファーに倒れ込む私を見つけた。幸い身体を壊すことはなく火曜日の朝には体調自体は万全になっていた。病院に居たくないという強い私の要望によって早期に退院し、念の為彼が家に泊まってくれることになった。一週間もの間、仕事を休みひたすら家でゴロゴロしていた。頭の片隅では早く復帰しなきゃとか色んな人に迷惑かけてるだとか、ぐちゃぐちゃでドロドロで目を背けてしまいたいことが沢山あったがそれも考えずに過ごした。さすがに1週間もするとやることも無くなってきて自ずと月曜からの生活を意識するようになってきていた日曜日。これだけ休んだのに全く休まった気のしない身体。本当にそう思っていたかは分からない。分からないけど私の口からは

「あー、やっぱり死にたい。」

って言葉が零れ落ちていたらしい。

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