この学校は、来年で設立80周年になる。
「雨宮先輩、なんで俺なんすか。」
「中村くんしかいなかったんだもの。」
雨宮麗子。俺の弓道部の先輩であり、この学校の生徒会長だ。
雨宮先輩は、記念品として1年も早く届いてしまった赤色の目安箱を見に来るべく、何故か生徒会メンバーでもない俺を連れてきたのだ。彼女曰く、生徒会メンバーは全員、他の用事で忙しいらしい。
「80周年の時、私いないからさ。ちょっと実感湧いた。」
雨宮先輩は、記念品として1年も早く届いてしまった赤色の目安箱を眺めて嬉しそうに語った。
「そりゃ、良かったです。」
なんで返せばいいのか分からず、適当に返してみた。
雨宮先輩は、適当に返したでしょ、と言わんばかりの苦笑いを浮かべる。
ふと考えた。
来年から雨宮先輩はいない。
代わりに新しい後輩が入ってくる。
実感がわかねぇなぁ。
〈_Red、赤色。〉
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この学校は、今年で設立100周年となる。
「雨宮先生、この目安箱なんですけど…」
そう言って、現役の生徒会長が俺に声をかけてきた。
この目安箱は…母が卒業する前の、80周年の記念品として贈られてきたものだったのだろうか。
母は俺が生まれてすぐに旅立ってしまったから、正確なことは分からないが。
鉄でできた、目安箱にしては大きすぎる赤色のポストには、緑色の苔が生えている。いや、ポストに苔ってなんだよ…。
すぐさま目の前の光景にツッコミを入る。
誰か手入れしてやれとも思うが、残念ながら教員にはそんな暇はない。生徒数が少ないとは言え、明らかに教員が不足しているのだ。そろそろ廃校か。校長ですらそんな話をしていた。
「雨宮先生?」
我に帰る。
「ああ、悪い。それで?」
それでですね、そう言って目の前の生徒は、また淡々と語り始めた。この光景を失いたくない。
廃校…か。
ふと考える。
いつかこの学校がなくなってしまうのか。
代わりに新しい建物が建ってしまうのか。
実感がわかねぇなぁ。
〈_Green、緑。〉
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この学校は設立何年だ?
はぁ、本日3度目のため息である。
やっと見つけたとは言え、中があまりにも暗すぎる。
リュックの中のガラクタたちを掻き分け、一つの懐中電灯を手にした。ライトをつける。
目に入ったのは、大きなポストだった。
「んだよ、これ。」
赤色のポストは、7割が苔で覆われており、この学校がどれだけ放置されたのかが一目でわかる。
そう言えば、義父から聞いたことがある。
義父曰く、あの学校で教員として働いていた時デカいポストがあってな、と。丁度そのポストが記念品として贈られたのが、義父の母が卒業する時だったか、後だったか、なんとか。
このポストを見ると、憂鬱な気分で満たされる。
ふと考える。
これは、当時の教師や生徒への同情か。
暗くて広い廊下で、ポツンと1つ置かれてるポストへの同情か。
それとも、この学校の薄暗さから来るものなのか。
否、ここで立ち止まってる暇などない。
重たい足を動かし、赤いポストからの距離を徐々に大きくしていく。
ここで立ち止まるわけには、いかないんだよ。
〈_Blue、憂鬱。〉
⦅Red.Green.Blue 2025/09/11⦆
はぁ、くそ。
森に迷ってはや4日…くらいたっただろうか。
初日は重すぎて歩くのに一苦労だったリュックも、
今じゃ背負ってるのかも分からないほどに軽い。
…まあ、結局歩くことが苦痛なのは変わらないのだが。
それにしても喉が渇いた。
リュックの水はつい今朝全て飲み干してしまっている。
川かなんかねぇかなぁ…。
はぁ、本日2度目のため息である。目的地が1つ増えた。
見渡す限り木木木…俺の求めた場所はどこだよ…。
義父には2日で帰るなんて言ったのに。
今頃義父は学校か。
自身と俺の生活費のために、今日も生徒に授業…
有難いことだよなぁ………あ。
やっと見つけた。重たい足を必死に動かしてさっき増えたばかりの目的地に駆け寄った。
しかしどうすっかなぁ。
目の前に流れるは、枯れ葉を運ぶ汚れきった混合物。
…濾過か。
リュックに入ったガラクタを集め、
それっぽいものを作ろうと試行錯誤する。
本当は作る気力などないが、
今の俺に与えられた選択肢はそれしかない。
元美術1が作ったそれは、完成してもガラクタのままだった。
出来がどうであれ、死なないのならそれに越したことはない。
完成したガラクタに、止まることなく流れる泥水を注ぎ込む。
濾過できっかなぁ。
そう言えば、濾過は英語でフィルターって言うんだっけか。
スペルは忘れたけど。
教師暦の長い義父が言うんだ、間違いない。
大人になってから、やっと勉強する気になってきた。
全ては義父の___今は考えるのをやめておこう。
いや、そもそもずっと考えてるか。
そうだ、フィルターといえば。スマホにもそんな機能がついてるんだっけか。スマホを買う金なんてないから、詳しくは分からないけど。
…はぁ、やっぱりダメか。
濾過した泥水は濾過しても泥水だ。
フィルター…ねぇ…。
不用物を取り除く…か。
それができたらどんなに楽だろうか。
なぁ、見てるんだろ?そこのガキ。
今の俺じゃ、お前に触れることすらできないが。
もしそんな力を俺が手に入れたのなら___
なんてな。
⦅2025/09/10 フィルター⦆
「奏くん。」
お兄さんの恋人を真似て呼んでみたの。
どうかな?
やっぱり。
ダメだった。
ねぇ、お兄さん。
そんな顔をしないでよ。
私はお兄さんに寄り添いたいだけなのに。
なんでそんな顔をするの。
お兄さんの寂しそうな顔は見たくない。
お兄さんを笑顔にしたいだけなのに。
そっか。
やっぱり、そうだよね。
いくら人間を真似ても、
寄り添おうとしても。
人間にとって、私は得体の知れない "何か" だから。
あーあ、今日も。
人間の仲間にはなれなかった。
だから私は___
⦅2025/09/09 仲間になれなくて⦆
雨の日だからか、いつもより人が集まった図書室。
普段はがらんとしているのに、今日はほぼ埋まっており、
席が空いていたとしてもグループの雑談の場として使われていた。
流石に、声をかける勇気は出ない。
気になる本を見つけ、仕方なく立ち読みする。
「おい、あー、えっと。雨宮。」
ふと、先程まで私に背を向けて座っていた男子生徒が
小声で声をかけてきた。
中村先輩だ。
中村先輩。彼は私の所属する弓道部の、1つ上の先輩である。
「赤井ですよ」
ふっ、と微笑みながら間違えられた名前を修正する。
1文字しか合ってないじゃないですか、も添えて。
彼の言っていた雨宮とは、彼が高校1年生の時の、
大変お世話になった先輩らしい。
中村先輩は、今年からデザインが変わったらしい制服の襟元を、
落ち着きのない様子でいじりながら。悪い、人の名前を覚えるのは苦手なんだ。と言った。
彼は続けて、「ここ、座るか?」と向かいの席を指し言ってくれた。
礼を告げて席に着く。
本を開こうとすると、ふと周囲の会話が気になった。
電車にイケメンがいただの、新作ゲームのグラフィックが綺麗だの、色々。
雑談をしたいのなら教室でいいのでは。
雨がいっそう強く降る。
周囲の会話と共に、そんな思考も飲み込んだ。
改めて本を開き、ページをめくる。
会話をかき消す雨音と、聞こえるか聞こえないかの境目の、
自身のめくる紙の音が心地よい。
いつもより人が多いのに、
いつも以上に安心するのは何故だろうか。
雨だからだろうか、それとも___。
向かいの席の先輩に目をやる。
がっしりとした体つきと、言葉を発せば低い声が。
それでいていい匂いがする。
出会ったのはほんの数ヶ月前なのに、
もう恋に落ちてしまったというのか。
またいっそう雨が強くなる。
大きな雨音が、そんな思考を飲み込んだ。
視線を手元に戻す。
でもやはり考えてしまう。
恋など興味ないと思っていた。
私とは無縁なものだと思っていた。
君が私のことをどう思っているかなんて、分からない。
ただ、それでも___
もう少し、君と。このままでいたい。
⦅2025/09/08 雨と君⦆
この教室には、俺しか居ない。
先程までは生徒たちで賑やかだったのにな、
なんて思いつつ教室を後にする。
この教室には、誰も居ない。
鍵をかける。
よし。今日は来なかった。
職員室へ行くため、無駄に長い廊下を歩き出そうとした。
その瞬間。
またか。
また来たのだ。
誰も居ないはずの教室に、1つ。
女子生徒だった。
この学校の制服を着た。
またか、というのは
俺は何度もこいつに遭遇しているということだ。
扉を開けて、声をかけたらって?
そんなの、出会った初日はやってみたさ。
扉を開けて、声をかけて、話して。
こいつ、普通に話すんだよな。
俺と妙に話し方が似ていて、ふと気が合うと思った。
得体の知れないものに話しかけるなんてどうかしてた。
何故得体の知れないものと分かったのかって?
先程、この学校の制服を着た女子生徒と言ったが、
彼女の制服は "旧デザイン" の制服だ。
俺が教師になる、ずっとずっと前の制服だ。
そんな前の制服を汚れ1つなく着こなせるだろうか。
もう1つ、こいつが人間ではないという証拠がある。
触れられないのだ。
教師だから、触れて訴えられる云々の話ではない。
物理的に触れられないのだ。
そんな奴が扉越しで俺を見つめている。
数十年前の制服で身を包んだ女子生徒が。
母に似ていた。
母は俺を産んですぐに旅立った。
俺が幼い頃に間近で見た母の顔ははっきりと覚えていないが、
写真で見た制服に身を包んだ若かりし頃の母の顔は覚えている。
母はこの学校の生徒だったらしい。
こいつはあの写真の母にそっくりだ。
まだ俺を見つめている。
「あまり帰りが遅くなるなよ。」
もう一度扉を開けて、声をかけた。
彼女は答えるでもなく、微笑みを返すだけだった。
もう一度扉を閉める。
彼女の姿はなくなった。
この教室には、誰も居ない。
⦅2025/09/07 誰もいない教室⦆